ラビューナという少女たち

 朝、車のクラクションの音で倫太郎は飛び起きた。

 冷たく硬い地面に寝ていたので身体中が軋む。洞窟に差し込む僅かな光を目指して外に出ると、運転席の扉が開いて昨日と同じ眼鏡の研究員が降りてきた。


「よく眠れたかい」

「眠れてたように見えますか?畑仕事、夜までかかりましたよ」


 不機嫌な顔をして見せるが研究員は笑うばかり。次いで、お嫁さんたちを連れてきたよ、なんて軽い口調で言いながらワゴン車のスライドドアを開ける。降りてきたのは二人の見目麗しい少女だった。繁殖のために、日本人の男が好むように改良し尽くされた二人はまるでアニメの中からそのまま出てきたような特徴的な髪色、パッチリとした目元、そして曲線美を描く肢体。直接会うのは初めてだったが、その独特な雰囲気からすぐに彼女たちが「ラビューナ」であるとわかった。


「さあ、ご挨拶して。お互いね」

「はい。……今日からお世話になります。レノミアといいます」


 まず一歩出てお辞儀をしたのはワンピース姿で肩に掛かる銀色の髪をハーフツインに結った少女だ。はにかむような微笑みは優しそうで愛らしく、いかにも良妻、という感じである。倫太郎は「よろしく」と挨拶し、もう一人の方を見る。


「よろしくね。あたしはアイハ」

「倫太郎。これから……、うん、よろしく」


 セミロングの茶髪でズボン姿の快活そうな少女は一歩出て倫太郎の手を取り勝手に握手をした。悪戯っぽい笑みを浮かべる彼女は、レノミアとは性格も随分違いそうだ。なにせ倫太郎の役割はこの村に住むラビューナたちを使って繁殖すること。遺伝子や人格の多様性を持たせるためにはこういう違いが必要になるのだろうな、とぼんやりと思った。


「これからしばらくは三人暮らしになるからね、仲良くしてくれたまえよ……、そうだ、僕の方から簡単に紹介をするけど。まず彼女たちは、生後1500日ちょっとのラビューナだ。日齢を聞くと驚くけど、ちゃんと人間の成人と同等の知能もあるし文字も読める。もちろん体も成熟しているよ」


 そう言われるとどうしても体に目がいく。二人とも半袖の裾から覗く腕も胸元も腰回りも、締まっているが柔らかそうな肉感のある肢体だ。すぐに「その気」になるにはもう少し彼女たちと仲良くなってからが良いが、他にも〜と続ける研究員の話にまずは耳を傾ける。


「そして次に大事なのが、それぞれが得意な『才能』を持ってる点だ。これは短い期間で教育するために遺伝子に刻まれていてね。レノミアさんは『養育』の才能があって、アイハさんには『農耕』の才能があるんだ。それを是非ともうまく活用してくれ」

「養育、というのは子育てに関することですから、まだ何もできませんけれど……」


 レノミアは謙遜するように言って眉を下げる。それでも実験の上では非常に大事な才能だ、と倫太郎が言うと、彼女は少し頬を染めて俯いた。


「そういうことだから、あたしは農作業がんばるね。そうだ、あたしたちもコレ渡されたんだけど、植えちゃう?」


 農耕を得意とするアイハはやる気満々で、車のところまで駆けていくと段ボール箱に入ったキの実を持ってきた。目算で昨日植えた以上の数はある。


「少し畑を広げていくつか植えよう。自分たちの食糧の分は保存しておかないと」

「そうね。じゃあ半分くらい」


 アイハはそう言って早速畑の方へ向かっていく。研究員は「それじゃあ僕はこの辺で。楽しんで」と伝えて車に乗り去っていった。アイハにクワを渡し畑を耕すように言うと彼女は喜んで取り掛かる。確かに農耕の才能があるのは事実のようで、クワを振っては次々に綺麗な畝を作るので驚いた。レノミアには水汲みと昨日植えた畑への水やりを頼み、自分は畝に実を植え付ける作業をして、と分担して作業を進めれば、当然ながら昨日よりずっと効率的に仕事を終わらせることができた。


 夜。乾いた枝を集めてきて洞窟の前に火を焚き、それを囲むようにして彼女らと相対する。キの実をそれぞれ一つずつ手にし、種皮を齧って剝き中身を口へ運ぶ。綺麗目のワンピースの少女が焚き火の前でそれをする姿は妙なアンバランスさがあるが、美味しいですね、と素直に微笑むレノミア。アイハはもういくらかワイルドな姿が似合うが、彼女もまた文句も言わずに実を食べてこれ好きなのよねと笑っている。二人のそんな様子はどこか浮世離れしているとはいえ自然に好感が持てた。

 食事を終えると二人は目配せをする。それで、と口を開いたのはアイハだ。


「それで、いつエッチ、する?」


 倫太郎は固まった。昼間に一緒に働いて忘れかけていたが、彼女たちがここにいる理由はただ一つ、倫太郎と性交し子供を産むことだ。


「本当にするのか……」

「そのためのあたしたちじゃない。初夜って大事よ? それとも、もしかして童貞なのぉ?」


 アイハは目を細めてニンマリと笑う。そういうわけではないがと倫太郎は苦笑するが、彼女は自分のシャツの前を開けて胸の谷間を見せつけてくる。豊満とまではいかないがハリのありそうな、健康的で艶のある胸元には流石に目が惹かれてしまう。


「ね、あたし結構自信あるのよ。レノミアももちろんね」

「ふふふ、はい。私も……、倫太郎さんとしたい、です」


 レノミアははにかみつつも同じようにシャツワンピースの前を開く。白い肌にふんわりと血色が滲み、たっぷりと柔らかそうな胸を下から軽く押し上げられるとその胸元にダイブしたい衝動に駆られる。二人から迫られ、据え膳食わぬは……と邪な考えがよぎるが、倫太郎はあえて首を横に振った。彼は筆下ろしこそ済んでいるが、それでも今日初めて会った、それもこれからしばらく同居することになる少女らと交わるには心の準備が必要だと考える方だった。


「すまないが、もう少し君たちのことを知ってからにしたい」


 そう言うと二人は驚いたように目を丸くし、顔を見合わせる。それから少し考えた後にレノミアが口を開いた。


「わかりました。その、繁殖……、は大きな役目ですけど。倫太郎さんの村づくり計画もあるのだと思いますから、焦らずに考えてくださったら嬉しいです」

「そうね。にしても変なの」


 アイハは口を尖らせながらもボタンを閉める。倫太郎はほっと胸を撫で下ろした。


「休もうか。寝心地は良くないが」

「問題ありません。ただその……、よろしければ、倫太郎さんのお隣で寝たいです」


 レノミアが上目遣いで聞いてくる。火を消して洞窟の奥へと行こうとしていた倫太郎はそのくらいならと了承した。そうして三人は、倫太郎を中心に二人の少女が寄り添うような形の川の字で眠ることになった。

 意識しないようにしていても、倫太郎がなかなか寝付けなかったのは言うまでもない。

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