第1話 始まりの三人

始まりの一人

 実験計画の立案は10年ほど前に遡る。

 少子化と人口減少が騒がれて数十年、日本は崩壊の一途を辿っていた。純粋な日本国民が減る代わりに移民だらけになり、街の治安は悪化する一方。難民を自称する外国人に強姦され死亡した母の遺骨は遺産ごと親戚に奪われ、行き場を失った小学生の倫太郎は深夜の警察に保護されて養護施設の世話になっていた。

 そんなある時、養護施設に数人の研究者が訪れる。社会実験のために健康で身寄りのない子供を探しているとかで、倫太郎は自ら志願して研究所に引き取られた。

 研究所では毎日決められた食事と運動メニューが存在し、同じように研究所で暮らす子どもは何人もいたが、その多くがその生活に嫌気がさしていなくなっては新しい子どもが供給された。倫太郎は元より体格も良く真面目な性格で、食事にも規律にも文句を言うことはなかった。研究所から学校にも通ったが、授業が終われば寮に帰りその後研究所内の塾でも勉強する毎日。友人と呼べる友人もいないが、研究者である大人たちと日頃から会話を交わしていればコミュニケーションの問題も起こり得ず、そうして純粋培養された「被験体71番」が、この倫太郎という青年だった。

 被験体を育てることも含めた実験計画はこうだ。


一、外部の人間の介入可能性を排除するため、研究所で保有し警備する山に人間の男子とラビューナを住まわせ、自由に繁殖行動をさせる。

二、山ではラビューナの飼料である「キの実」と呼ばれる人造植物を育てさせ、完全自給自足の生活をさせる。但し「キの実」の買取による現金支給と週に一度の外出により少々の経済活動も行わせるほか、研究所も時々介入しながら、山での生活を自分たちで充実させる。

三、可能な限り現代的な娯楽や他者の介入を排除することにより生殖活動を促し、ラビューナにできるだけ多くの子を産ませる。

四、子どもが生まれた場合は研究所による検査の後、山での暮らしに参加させる。

五、以上のサバイバル実験の過程で人口がどのように増加するかを経過観察する。

六、実験の期間は最短で10年とし、1年ごとに経過の発表を行う。この実験の中でラビューナの実用性や実社会生活における行動を定性的・定量的に観察ことを目的とする。


 ある研究によれば、縄文時代の日本では娯楽といえば性行為だったといい、毎晩のように乱行パーティーが行われていたのだとか。娯楽の多すぎる現代ではそんな暇を持て余すこともなく、少子化が進行するのも無理はない。被験体となる人間の男子をあえて研究所で無菌的に育てたのもそのためで、倫太郎にはゲームやスマホどころかテレビもほとんど与えられてこなかったから、そういった娯楽への欲求もないに等しい。

 その生活と完璧にサポートされた健康管理に慣れ、そして最大の決め手である精子量の基準をクリアした彼の存在がこの実験の鍵だ。そして18歳となり、成人を迎えた彼はその使命を背負い、実験場である山へと送り込まれたわけだ。


***


 実験開始初日。山道を登った先、車を降りた倫太郎が最初に見た景色は、荒れた農地のみ。ここで生活を?と問うと、説明しよう、と眼鏡をかけた茶髪の研究員が共に車を降りる。


「まずここは農地だ。ここでキの実を育ててもらう」

「キの実っていうのは……」

「これさ。知ってるだろ」


 そう言って研究員は倫太郎に、片手に乗る程度の大きさの豆のようなものを手渡す。倫太郎にとっては数日に一度朝食として与えられていたそのものだ。表面の種皮を破ると他の豆と同じように子葉の部分が柔らかく食べられるようになっている。名前は知らなかったが、美味くもなく不味くもない不思議な味で、嫌いではないが特別好みではない。研究員の話によると人間およびラビューナに必要な栄養素がピッタリ含まれている完全栄養食品らしい。


「まぁ、今は荒れてるけど……、これで頑張ってくれよ。川も裏手に流れてるから水やりも困らないはずさ」


 さも当然のようにクワを一本とバケツを渡され、倫太郎は苦笑いだ。それでどういうふうに育てるのかと聞くと、本当にただこの実を土に埋めれば良いらしい。研究員がクワを持って軽く耕し、畝を作ってそこへ実を埋めるのを実演してくれる。


「こんな感じで……。遺伝子操作で育つのも一瞬……、5日くらいだし、絶対5つは実がなるから植えれば植えるほどどんどん増えるよ、すごいだろう」

「せっかくですし、最後までやって行ったら。手伝いますから」

「おっと、言うなあ」


 倫太郎を肩を窄める。研究員は頭を掻きながらクワを置き、あとこっちへ、と倫太郎を誘導する。暗くて気づかなかったが、崖の下にぽっかりと洞窟が穴を開けている。申し訳程度に入り口に簾がかかっているが、ほとんど天然の今にも崩壊しそうなそれだ。


「ここで最初は雨風を凌いでもらおうかと」

「つまり、居住スペースはこれだけと?」

「中も結構広いよ」


 これには倫太郎も呆れた。若くて体力がある自分でも、流石にここで10年は無理がある。


「この山には熊とかもいないし大丈夫大丈夫。明日には女の子も来るよ」

「女の子もここに住まわせるんですか?」

「ま、まぁ……コンセプトは縄文時代だし……。ほら、竪穴式住居とか習ったろ。作ればいいんだよ」

「簡単に言いますけど」

「大丈夫! 本当に命の危険がありそうな時は洞窟内に備わってるコンピュータでAIが判断して緊急コールかかるからさ。君は安心して女の子とイチャイチャしておくれよ」


 研究員は軽く言うが、倫太郎は早速不安だらけだ。それにコンピュータによる監視がある中でイチャイチャだなんて集中できそうにもない。倫太郎の怪訝な視線には気づかない様子の研究員は時計を見ると慌てたように歩き出す。少し山を降りると一軒のあばら家が建っていた。


「時間が押してる。最後だけど、ここが管理所で、掲示板ね。たまに研究員も駐在するから困ったらここに来て。掲示板にはお知らせとか出すし。それからこっちの自販機みたいなのが自動キの実換金システム。キの実って栄養価は高いし、種皮を破らなければ日持ちするから、研究所でもあればあるほどいいから余剰分は買い取ることになってる。君たちの労働の対価にもなるしね」

「対価と言ってもお金の使い道は……」

「それは安心してくれたまえ。週に一回外に出ていいことになってる。山を降りたら施設があるから職員に声かければ出られるから、外食でもサバイバルグッズでも好きに買い物してきなよ」


 なるほど、と頷くと研究員は手を叩いた。


「それじゃあ! 僕は戻るから、早速農作業頑張ってね。あと十日に一回は僕との面談があるから、その時には管理所に来てね。困ったことがあれば掲示板に!」


 そうして研究員は車で帰って行った。荒れた農地にポツンと一人残されて、倫太郎はまずはその場にしゃがみ込み、広い青い空を見上げてため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

種撒く者と世界の夕べ 〜ハーレム村でのスローライフはこの国を救いますか?〜 荘田ぺか @shodapeka42

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ