種撒く者と世界の夕べ 〜ハーレム村でのスローライフはこの国を救いますか?〜

荘田ぺか

プロローグ 実験開始

 時の総理大臣は言った。「私が掲げる政策は……『超次元の少子化対策』です」。

 バブルの崩壊から数十年で女性の社会進出が拡大、子を産まない・産めない女性が増えたことで少子化が進行。さらに度重なる災害や感染症の蔓延を受けて高齢人口が激減し、この30年ほどで我が国の人類は最盛期の2/3にまで減少した。対外圧力に耐えうる生産力や国力はもはやないに等しく、移民の受け入れによる犯罪も激増し、各地に存在するようになったスラム街では日本語話者の姿を見ることはない。この状況を打破すべく総理が掲げた政策に、多くの日本国民の反応は冷ややかなものだった。「そんなことできるわけがない」「数十年前にも同じようなこと言った総理がいたけど結局なんでもなかった」「総理、お前が産むんだよ」。普及しきったネットはもはやメタバースの域を超越し、SNSでは国民が直接総理大臣を殴れる時代。それでも総理がそれを宣言したのは、ある勝算があったからだ。


 遡ること数年。アメリカと日本の研究チームはついに、完全な人工子宮の作成に成功した。完全栄養食と特殊な薬剤の供与により通常の十倍の速度で胎児を生育し分娩可能であるそれは、遺伝子操作によってクローン人間の体内で作られる。クローン人間自体も手が加えられ、成長速度が増進。つまり最終的に、「十倍速で成長する上に十倍速で胎児を育てることができるクローン人間」が作り出されたのだ。妊娠出産がスピーディーに行われ、繁殖を目的とした女性型が多いことから、ウサギをもじって「ラビューナ」と命名された。

 世界中で問題視されている人口減少に抗うために世界保健機関がクローン人間の作成を解禁したことで似たような研究は一気に進められたが、中でもこの研究チームの作ったそれは世代を重ねても胎児の遺伝子に問題が起こりにくいため、クローン人間が産んだ人間がまた子供を産んでも健康に育つとされている。

 クローン人間は別名ヒューマノイドと呼ばれ、人造人間に対して広い意味で用いられている。ヒューマノイドは様々な遺伝子操作によって、労働人口を増やすためなど他にも様々な用途のために造られたが、再生産性に問題があった。その点このラビューナは再生産を目的とされており、さらには通常の人間の繁殖と同様の性交によって子供を作ることができることから、男性の性処理用ヒューマノイドとしての需要も多かったに違いない。研究には多額の寄付や政府からの補助金が下り、マサチューセッツと山梨のそれぞれにラビューナのための研究所が建設されたのだった。


 総理大臣が持ち出した政策ももちろん、ラビューナを実用化し家畜として大量に雇用した人間工場を作ることが柱となっている。そしてこの総理の一言により、ついに実用化に向けた社会実験が開始されることが決定し、研究所は急いで準備に取り掛かるのだった。


***


 研究所に併設の寮。職員の他に数名の青少年も住んでいるその寮へ、高校から帰ってきた一人の青年。部屋の扉を開けると数人の研究者が集っていた。


「被験体71番。中野倫太郎くんだね」

「はい」


 青年は驚きもせず平然と返事をする。


「おめでとう。君が実験に選ばれた。生年月日を確認させてもらえるかね」

「実験……、わかりました。20XX年、8月1日生まれということになっています。来月で18歳になります」

「ちょうど良い、開始日は君の誕生日だ。ぜひ、国のために頑張ってくれたまえ」


 倫太郎は頷く。実験の内容もうっすらとだが知らされていた。若い彼にとってはほんの少し心躍る内容だ。新生活に対する不安もあるが、彼はそれに耐えうる体力と、数値に裏付けられたがあるからこそこの実験に選ばれた。研究員たちは彼を呼ぶ。


「君が新世界のアダムになるんだ。所の方で検査をするからついてきなさい」


 アダムたる青年は頷き、新たなる世界への一歩を踏み出した。

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