~閑話 仕事病~


 追放されてから数日。


 ここのところ、俺は一日中部屋に閉じこもっては、何もしない日々を過ごしていた。


 今日も部下に用意させた晩ご飯を食べた俺は、静まり返った暗い部屋の中、テーブルの上に置いていた2枚のカードを眺めていた。


 1枚には全身鎧を着て剣を握っている典型的な騎士の絵が描かれており、もう片方には王冠を被って長ひげを蓄えた老人の絵が描かれている。


 窓から差し込む月夜だけが、騎士と老人のカードを照らしていた。


 カードを静かに手に取った俺は、数日前のことを思い出すように目を閉じた____。



=====




「素早く手配しろ。準備通り、リストアップしていた書類は全て焼却。必ず証拠は残すな。そして、必要な書類は残して例の場所へ厳重に保管処理を行え。決してバレるな」


 それは俺が追放を宣言された直後。


 最後に俺が城で一緒に過ごしていた者たちへ別れの挨拶をするために設けられた時間のことだった。


 この時、俺は別れの挨拶に長年俺に指導をしてくれていた家庭教師や騎士たち、俺が幼い頃から世話をしてくれていた侍女たちのところには一切行かずに、証拠隠滅作業を俺の部屋だった場所で行っていた。


「良いか、決して追跡されるな。俺に口封じを命じさせるなよ?」


 鍵を掛けた部屋で大勢集まらせた部下の一人に、念押しをしながら重要な書類のひと束を渡す。


 渡した手下は俺が信頼している者の一人だったが、俺が王太子として握っていた情報や作戦の文章は、部下の優れた手腕を理解していても念押ししてしまうような物ばかりだった。


 それは、完全に追放が決まるまで処分出来なかったぐらい重要な書類の数々を、俺が捌いていた時だった。



「セラディール様」


 鍵の掛けられていた扉の向こう側から、数回のノックと共に宰相の声が聞こえた。


「宰相、俺は忙しい。負け惜しみの挨拶ならいらん」


 新しく手に握った書類を手下に押しつけながら、俺は扉に向かって言う。これが最後の仕事になるなら、頑張って終わらせようと思っていたのだ。


 俺の声は自然と不機嫌なものだった。


「陛下なら負け惜しみもするでしょうが、私は言いませんよ。渡したい物があるので入って宜しいでしょうかなぁ? 直ぐに終わります」


 宰相の言葉に、顔がバレると面倒なことになる手下だけを下がらせると、俺は軽く溜息をついて宰相を部屋の中に入れた。


 部屋の中に入ってきた宰相は、俺がこれまで一切見せてこなかったにも関わらず、手下たちに顔を晒してまで作業を続けさせているのを察してか、挨拶もすることなく2枚のカードを俺の目の前に差し出してきた。


「これは?」


「召喚を行うための媒体です」


 目の前に差し出されたカードを受け取らずに、猜疑心のある視線を向けた俺に、宰相が顔色を変えることなく続ける。


「1枚のカードは権力者カード。もう1枚のカードは武力者カードです。知り合いの高名な魔術師に頼んで、作ってもらいました。手にカードを持って念じれば、それぞれのカードごとに相応しい者が召喚されます」


「これからの俺にそんな物、いらないぞ」


 追放された後は、危ないことに巻き込まれるつもりはなかった。


 平穏で平和なスローライフを送ると、ずっと心に決めていたのだ。ただの平民に、王に近い権限を持つ宰相の助けなんていらないだろう。


 俺は僅かに魔力を帯びているカードの正体を聞いても、全く受け取るつもりになれなかった。


 最後の仕事で俺は忙しい。俺の裏工作に負けた宰相には部屋を出て行ってもらおうと、俺が口を開こうとする。


 だが先に俺が言葉を言う前に、先制を取る形で宰相が言葉を続けた。


「これは万が一の保険です。保険。使わなければ、それで宜しいでしょう。私陣営の味方から一番強い者を選んで、召喚対象にしています。何かあれば、セラディール様のお力になれると思いまして」


 宰相の言葉は淀みがなくて、逆に怪しく感じられた。

 この宰相が自ら動くときには、必ず何か企んでいることを、長年の宰相に付き合わされてきた俺は知っている。


 だが宰相の行動が、若かった俺のピンチを救ったこともある。


 このカードが俺の人生に必要ないと思えば、直ぐに捨てれば良いだけだ。受け取るだけで何か代金を払えと言われた訳ではない。


 これまでに宰相に救われた事がなければ、俺は意見を変えずに受け取らなかっただろう。


「……分かった。一応、受け取っておく」



 ____苦々しい表情になったのは、言うまでもない。



=====




 そうして俺は2枚のカードを受け取った。


 魔力を僅かに帯びているカードを、暇を持て余すかのように手でいじる俺は一人だった。


「…………」


 宰相は俺が王太子を辞めてまで、危険なことに手を出す人物だと思っているのだろうか?


 そこまで変人なつもりはない。


 部下に新しい支持を出してから、俺の安宿を襲ってくる暗殺者の数も減った。全ての暗殺者が、俺の正しい位置を把握出来なくなるのも、そう遠くはないだろう。


「使う機会なんて、ないだろ……」


 俺は弄っていた2枚のカードを乱雑にポケットの中にしまった。



 そして俺は再び、ベットに大の字になって寝転がった。

 部屋の天井にある雨漏りのシミを、何度目かも分からないが再び数え始める。



「……12、13、14、15…………」



 仕事に追われていた時は、睡眠時間も削って忙しかったので気付かなかった。暇が手に入れば良いのにと、ずっと思っていた。


 だが実際に暇になってみて、初めて気が付いた事実がある。



 どうやら俺は何もしないことが苦手らしい。



 ……どうしよ。




ーーーーー


 一章(序章)は、この話で終わりです。

 普通の追放系とは違い、追放されるまでに結構長く掛かりましたが、ここまで読んで下さりありがとう御座いました。


 次話からはせっかく自由になったのに、王太子だった頃の、暇があれば何かしてしまう仕事病を引きずっているせいで、色々と行動してしまう主人公の話が続きます。


 これからも応援よろしくお願いします。


 作者

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