7話 最高
「はあーっ! もう、最高だっ~!」
古びた宿の一室。
とうとう着せられた無実の罪によって、国王陛下から追放された俺は、長年の念願だった自由を満喫していた。
王都では下から数えた方が早いようなグレードの低い安宿を借りた。
だが、ベットの質も悪くないうえにダブルベッドだし、2階のここから見える
追放されたのは昨日だ。翌日の朝っぱらから酒瓶を片手に、俺は木造りのテーブルに買ってきたつまみを大量に広げて、自由を
「これこそ天国だあーっ!」
由緒正しいセロンアデス王国の王族として、常に行動に気を付ける必要もなくなった。
ここには俺の行動を噂に流すような貴族もいなければ、
国王の座を継ぐ王太子として何一つ劣っている箇所が無いと評価されていた俺は、テーブルの上に両足をだらしなく乗っけて、イスの背もたれにグターッと伸びている。
そこには、麗しき王太子の姿など欠片もなかった。
というか、これが俺の本来の姿である。
「これを眺めているだけで、いくらでも酒がすすむ」
左手には何本目か分からない酒瓶を握りながら、右手に掴んでいたのは今朝の新聞だ。
記事は俺が弟の暗殺未遂犯として、追放されたことが書かれている。
王都にある全ての新聞を手下に持ってこさせたが、全ての新聞で一面トップをかっさらっていたのが俺の追放を報じる内容だった。何か、素晴らしい偉業を達成した気がして嬉しい。
これまでも俺が新聞に載ることはあったが、それはいつも嫌々していた仕事関係だった。
俺の意志でやっていた事じゃない。
だから今朝の新聞は、俺が自分の好きなように生きていくのを始めるスタートの幕開けとして最高のものだった。
幸いにも王族を除名され、追放されるにあたり金を受け取っている。手切れ金と言うやつだ。
渡された金貨の袋を確認したが、平民が裕福に暮らしても5年は生きていけるような金額だった。
だから俺は当分の間、金に困ることはないし、散財して自由に高い物を買おうとも自由に優雅な生活を送っても良いのだ。
宮殿で俺の料理を作ってくれたり世話をしてくれていた侍女たちは居なくなった、だが、俺には忠実な手下たちがいる。
手下は王都中の新聞を買いに行ってくれるし、豪華な朝ご飯や昼ご飯もそうだ。追放された昨日の晩には、豪華なコース料理を俺が何も言わなくても用意してくれた。
この部屋から一歩も動かなくても、俺は自堕落で最高な日々を送れるのだ……!
本当に素晴らしい。
「この生活を死ぬまで続けてやるぞ。もう絶対働かない」
酒を一気に煽って俺は、確固たる決意をもって一人宣言する。
この後はベットに入ってゴロゴロして、昼ご飯を腹一杯に食べて酒を飲んだら、またゴロゴロする予定が楽しい予定がいっぱい詰まってる。
これまで大量の仕事に全ての時間を奪われ、胃を痛めてきた俺には誰よりも怠惰に生きる権利がある……!
俺が酒瓶を片手にカッコ悪い宣言を豪快に決めていると、窓の外に人影が一瞬チラついたような気がした。
酔っ払いの俺がちょっと気を払って周囲の音を拾ってみると、人が静かに取っ組み合いでもしているような音が数秒間だけ僅かに聞こえた。だが、直ぐに平穏が戻る。
その物音を聞いても何も気に掛けずに座っていると、黒装束の俺の手下が音もなく部屋に現われた。
「セラディール様」
「なんだー」
キリッとした手下の声に反して、俺は自堕落を極めた様な間延びした声で答える。
「貴族から差し向けられる刺客が多く、手が足りていません。いつ暗殺者の侵入を部屋に許してもおかしくない状況です。何か御命令を下さい」
「あー」
追放されたことで、俺を護っていた城の近衛兵が居なくなった。そのため、護衛の数が減っていた。
俺が自分自身で育てた手下の数は減っていないのだが、追放された後の王城で暗躍させていて、一時的に俺の護衛に回している手下の数が減っている。
それでも普段なら充分に足りる数なはずだ。単純に俺を襲ってくる暗殺者の数が多い。
絶対に俺の政策で没落した貴族や他の国が、今がチャンスとばかりに報復の暗殺者を大量に送りつけているんだろう。
仕事を辞めてまで恨まれるなんて、俺は辛い。
これまで散々仕事を押しつけてきた国王陛下と宰相には、俺が居なくなったことでせいぜい苦しんで欲しいが、没落して表舞台から退場していった者たちに興味はないのだ。
イスに伸びている俺の背後で、跪いて指示を待っているであろう手下の一人に俺はしょうがないので、だらけたまま指示を出す。
「じゃあ、俺の位置を偽装させて。俺に
宿を借りてから一歩も外に出ていない俺の位置が、暗殺者たちにバレているのは城を追放された時から追跡されているからだろう。
もう俺は国王陛下からの怒りを恐れて、王都を離れたどっか遠くの街に行ったことにすれば良いのだ。
そしたら俺に纏わり付いている暗殺者たちも、どっかに行く……はず。
俺の新しい指示を聞いた手下の気配が、部屋の中から消えるのを感知して俺は潔く思っていた。
やっぱりあんな仕事、辞めて良かった……。
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