2章 俺は自由だ!

8話 やっぱり自由と言ったら冒険者!



 仕事に忙殺されていた頃、俺は暇で自堕落な生活を心から渇望していた。


 しかし安宿で何もせずに過ごした数日間で、俺はこの生活に飽きてしまった。


 もしかしたら俺が望んでいた〝暇〟というのは、何もせずに時が過ぎるのを待つ今の状態と少し違うのかもしれない。


 娯楽はないのでベットの上でゴロゴロしていても、雨漏りのシミを数えること位しか出来ないし、部下に用意させた食事を一人食べる日は寂しい。


 追放される前の王太子だった時だって、俺は一人で食事をとっていた。


 だが、アレは膨大な書類に囲まれて仕事をしながら、何を食べているのかも分からない様な作業だったし、書類を急かしてくる文官に囲まれていたので、実質一人じゃなかった。それが良いのかはともかく。


 朝からベットの上に寝転がったままの俺は、一面のトップを俺の追放について報じている数日前の新聞を手に取って、暇を潰すために広げた。


 自分が追放される内容しか読んでいなかったので、他のページは初めて読む。


 パラパラと軽く目を通しながら読んでいると、一つの記事が目に入った。


 〝Sランク冒険者 零双れいそう 南街道のキメラを撃破!!〟


 この国に数人しかいないSランクの零双れいそうと言えば、昔に国王陛下の代理として王城で会ったことがあった。


 そうか、あの零双が問題になっていた魔物を倒したのか。キメラと言えば種類にもよるが、AランクやSランク相当の魔物だ。


 討伐されたのは朗報なのだが、実際に直接会ったことのある俺は、その時の事を思い出して苦々しい表情を浮かべた。


 零双に会ったのは、国が依頼した高難易度の魔物を倒してくれた礼を伝える面会だった。



 だが、一言で彼のことを評価すると____酷かった。


 俺が部屋に入ってみれば、文官と喧嘩をして派手な取っ組み合いをしていたし、仲裁しようと口を開こうとすれば、まだ何も言っていないのに罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせられるし……。


 俺は感謝を伝える言葉を言って直ぐに済ませる予定だった仕事だったのに、俺に罵声を浴びさせた零双を不敬罪とか言い始めた文官が衛兵を呼び出したりして、酷い目に合った。


 Sランクは国にとっても貴重な戦力にも関わらず、国王陛下が便利屋だと思っている俺に仕事を振ってきた理由が、お陰で簡単に理解出来た。


 実力はともかく、城で自分の思い通りになるまで暴れまくるような零双の相手を、俺も二度としたくない。



 だが、彼は自由だった。


 貴族階級を何とも思っていないような、酷い言葉遣い。

 自分の気分が赴くままにする身勝手な行動。


 俺はこれまでに他にも数多くの冒険者を見てきたが、零双ほどではないにしろ、みんな自由で楽しそうだった。


 自分が知る限り一番自由に生きているのが、冒険者だ。彼らは今日を生き、明日のことは考えずに今を楽しむ。


「冒険者か……」


 やってみても良いかもしれない。


 どうせ部屋の中に居ても何一つ娯楽がなければ、面白くないのだ。


 最初の頃は何時間でも寝れる幸せを堪能していたが、運動もしていないせいか、今は寝付きが悪くて困ってる。


 俺はベットの上からノロノロと立ち上がると、ボサボサだった髪の寝癖を手櫛で適当に直し、王族の目立つ金髪を隠すための魔導具を使用して、珍しくもない茶髪に髪の色を変える。



 2階にあった自分の部屋から出て、階段を降りて1階に向かった。

 賑やかな喧噪が聞こえてくる。


 初日の頃は追放された嬉しさで気にも留めていなかったが、どうやら1階は酒場兼レストランになっていたらしい。


 年季の入った装備を床に置いて、酒のジョッキを片手に大笑いしている冒険者らしき一団がそこら中のイスに座って騒いでいる。


 エプロン姿をした女の子たちが、注文された料理を手に大忙しで駆け回り、向こう側のテーブルからは注文を呼ぶ声が聞こえてくる。


 俺は冒険者になるために、宿の者から冒険者ギルドの場所を聞きたかったのだが、受付に人は立っていないし、休憩時間なのかもしれない。


 忙しそうなエプロン姿の女の子たちに聞くのも少し気が引けた俺は、どうしようかと思いながら階段の途中で突っ立っていると、近くのテーブルで騒いでいた冒険者らしき一団が俺の方を見た。


「おい、兄ちゃん!」


「なにそこで突っ立ってるんだよ、何かあったのかあ?」


 騒がしい場所でもハッキリと聞こえるような大声に、俺はどうして良いのか分からずにたじろぐ。


 冒険者らしき一団は普通に俺に話しかけているつもりなのだろうが、平民初心者の俺は普通と言うものに慣れていない。


「えーと……」


 王太子だった時の口調で話しても変に思われるだろうし、手下たちに話すような口調で話始めるのもおかしいし……。


 貴族たちが着るような一級品の服は着ていないが、冒険者たちから見ても明らかに高貴そうな雰囲気を漂わせて狼狽ろうばいしているセラディールは、酒の入った冒険者の一団にとって、面白い以外の何ものでもなかった。


 冒険者の中でも特に物好きな男の一人が、突っ立ったままのセラディールをテーブルまで強引に連れてくる。


 空いていた席に座らせて、面白そうなので事情を聞いてみることにした。


「どうしたんだ、兄ちゃん。何か誰かに尋ねたいことでもあったのか?」


 冒険者の一団は怖い見た目に反して、優しい目の声音で俺に尋ねてくる。


 何故か手渡された骨付きチキンを受け取って食べながら、俺は深く考えるのを辞めて本来の自分に近い口調で話してみることに決めた。


「そうなんだ。冒険者ギルドの場所が知りたくて。どこにあるか知ってるか?」


「ハアアッ! そりゃあ、俺たちは冒険者なんだ。この街の冒険者なら知ってて当たり前だぜ」


 大笑いした冒険者たちが、再び酒を勢いよく飲んで豪快に笑う。


 目の前に移動されてきた骨付きチキンは、食べても良いということだろう。


 スパイスが程よく効いた一個目のチキンは美味しかったのでありがたく頂く。


「最寄りの冒険者ギルドは、噴水広場の大通りにある。デッカくて赤レンガの建物だ。近くに行けば一目見て分かる」


「そうか。感謝する」


 Sランクの零双だったら、俺を困らせて楽しむために絶対教えてくれなかっただろうが、俺を席に座らせた冒険者の一団は、零双れいそうと比べられないくらい親切だった。嬉しい。


 少しの間、冒険者の一団とここの料理の美味しさについて語り初めて盛り上がっていると、冒険者の一人が、面白そうに聞いてきた。


「兄ちゃん、お前冒険者になるつもりか?」


「ああ、そうだよ」


 俺は骨付きチキンを片手に、ニヤリと笑って続けた。




「____自由を謳歌するために」


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