10話 スローライフの始まりだ!
冒険者ランクのなかで一番下のFランクで受けられる依頼は、どれも危険度の少ないものばかりだった。
受けられる依頼は街の困りごとを解決するようなものから、ゴブリンを倒して魔物由来の素材を提出するものまで、様々だ。
そのなかでも俺が受けたのは、薬草採取の依頼だった。
宿のある街から歩いて2時間。馬を使えば30分で来ることが出来る森に、俺は目的の薬草を採取するために来ていた。
「はあー。美味しい……」
人で混雑した街から離れた森の中。
新鮮で美味しい空気を胸いっぱいに吸い込み、小鳥のさえずりに耳を傾けながら、俺は素晴らしい
持ってきていた地面に敷く布を広げて、新たに買ったお湯を沸かすための魔導具を使って、俺は森の中で紅茶を飲みながら、自由を最高に楽しんでいた。
誰からの視線を気にする必要もない。貴族の令嬢たちに囲まれて地獄の駆け引きをしなければいけなかった名ばかりのお茶会と違って、平和な昼過ぎの森。
王太子だった頃には絶対に出来なかった、仕事に追われずに過ごせる時間。
俺の理想の時間が、そこにはあった。
薬草採取の依頼でこの森に来たが、指定された薬草はすでに見つけて依頼はほとんど終わっている。
簡単な依頼なので冒険者ギルドで提出しても褒美として受け取れる金額は少ないが、危険が伴う高ランク冒険者の依頼に比べたらずっと良い。
安宿から大通りを歩いている時に見つけた、美味しそうな屋台で売られていた牛肉が挟まれたパンを食べ終わると、俺は一冊の本を取り出した。
「ふーん、どれどれ……」
貴族街に近い店で買った、薬草に関して書かれている書物だ。
どの本も手書きで書く必要があるため非常に高価な物だが、娯楽が何もないのはつまらないということで手に入れたのだ。古本屋で買ったので、そこまで高くない。
書かれている薬草に関して、どれも図で説明されている部分がお気に入りだ。黒と金を基調とした装飾も格好いい。古本にしては高めの値段だったのに、思わず買ってしまった。
俺が受けていた依頼も、この本には説明が載っていた。
それぞれの薬草について見分け方や使い方が書かれていて、これまで薬学は王家お抱えの医師たちに任せていた俺としては、新しい知識ばかりで面白く感じれる。
森を駆け抜けていく風に髪を揺らしながら、読書に励む。
しばらく俺は読書に熱中していた。紅茶を飲んでいることも忘れて没頭していると、気が付けば森の中から魔物の気配が2つ近づいている。
顔を上げた俺は茂みの方を見る。
「ギュルルルル」
ゴブリンだ。
森の茂みから木のこん棒を片手に姿を現した2体のゴブリンに、さすがの俺も読書を続けるわけにはいかず、脇に置いていた剣を手に取って立ち上がる。
「まあ、森の中だからしょうがないよね」
魔物特有の高い
これまで暗殺者を大量に
ただ、地面に広げている布や高価な本にゴブリンの体液が付いたら困る。
のそのそと近づいてくるゴブリンに対して、剣を慣れた手つきで構えて小走りで接敵する。俺の脇腹にゴブリンのこん棒が当たる前に、急所に剣を突き刺して、動きを封じる。
ギャッ、という鳴き声と共に、瞬く間にゴブリンは2体とも地面に沈んだ。
「うわあ……。これ、どうしたら良いんだ?」
怪我もすることなく倒したは良いものの、新しく出来上がったゴブリンの死体を前に、俺は困った表情を浮かべる。
冒険者は倒した魔物を解体して、持って帰ったりするらしい。
だが俺には魔物を解体するような知識は無いし、一体どうしたら良いものか……。
「まあ、いっか」
幸いにも紅茶を飲んでいる場所からは風下にあたる位置なので、ゴブリンの臭いも気になることは無いだろう。
俺は追放されても唯一手放さなかった愛剣を勢いよく振って、戦いで付いた汚れを落とすと、剣を鞘に戻す。
途中まで読みかけていた本の前に吸い込まれる様に戻り、再び読書の時間を楽しみ始めた。
だが、Fランクでも薬草採取を依頼されるような森にも、やはりそこそこの数の魔物がいた。
10分に一度は数体ごとに襲ってくるゴブリンや、魔物オオカミの群れを俺はそのたびに倒す。
良く分からないが、茶色の肌でブダの顔がついた巨体の魔物などを、読書を何度も中断しながら倒す羽目になった。
だが街から離れたこの森で、こんなに快適に読書に励めるなら、それも良いと思えた。
処理に困って何も触ることが出来ていない魔物の死体が、周囲に積み重なっていくが、気にしなかった。
時々やって来る魔物は俺にとって、どれ大して強くはなかった。
=====
「ねえ、あそこ見て」
「うわっ……」
「紅茶を飲んでいる? 何をやっているんだ、あの冒険者は」
この森に出没したオークの群れを討伐しに来ていた冒険者の一団は、無事にオークを討伐した帰り際に、何故か森で紅茶を飲みながら読書をしている一人の男を見つけた。
こんな森で紅茶を飲みながら、読書をしている。何をやっているのかと思ったが千歩譲って、それは個人の自由なので責めることはない。
問題は周囲に殺されたまま放置されている魔物の死体だった。
「あれ、絶対にダメだろ」
「……うん」
「だな」
「ああ」
死体を気にすること無く、優雅に過ごしている男に対して、パーティーメンバーの意見は全員同じだった。
パーティーのリーダーをしている剣士の男を筆頭に、冒険者の一団は顔を引きつらせながら呑気に死体の中心で読書をしている男に近づいていった。
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いつも応援ありがとう御座います! 作者です。
投稿時間の研究をしているので、しばらくは不規則な毎日投稿になります。
どうぞご理解頂けると嬉しいです。
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