5話 国王


 国王の仕事部屋がある王城の一室。


 取りかかっていた仕事がひと段落すると、国王は腕を伸ばしながら疲れ切った表情で同じ部屋にいた宰相に話しかけた。


「まったく、セラディールも狡猾こうかつにやるようになったものだ。まさか、ダロン公爵を利用するとは思わなかった」


 仕事机の脇に置いてあった菓子に手を伸ばして、国王は休憩を挟むことにした。

 深い皺が刻まれた顔は、連日の仕事で疲労感が滲んでいる。


「王太子殿下も、ダロン公爵を嫌っていましたけどねぇ。仕事の進捗状況を尋ねたときに、私は愚痴を大量に聞かされましたよ。陛下みたいに」


 部屋の横に備え付けられていた机で、仕事を片付けていた宰相が話に応じる。


 白髪に白い立派なひげをもつ宰相は、どんなに仕事が大変で状況が最悪でも動揺しない。王族に長年仕えている狸みたいに狡猾で、忠実な人物だ。


 今日も相変わらずの涼しい顔で、国王の子供であるセラディールの評価を不敬になることも恐れずズバズバと始める。


「王太子を辞めたいということで、小さな抵抗をここ数年繰り返してきたのは所詮子ども。企みにさえ気が付いていれば、簡単に意図的に作られた失敗は握り潰せてましたなぁ」


 長いひげを触って、王太子の実力を吟味するかのように続ける。ここ数年間の王太子に対して辛辣な評価を下したくせに、なんだか楽しそうだ。


「だが今回に関しては、殿下の裏工作が本当にお速い。事実を捏造ねつぞうすることで生まれた不可解な点も、こちら側がそれを広める前に殿下の配下の者によって手が打たれている」


「やはり、王太子が暗殺を企てたなんていう事を無かったことには出来んか」


「難しいでしょうなぁ……」


 ちなみにこの2人、王太子が第二王子を暗殺しようとしたなんて、全く信じてはいなかった。


 この国には2人以外に王族がいないのもあって、セラディールの溺愛は全て弟の第二王子に昔から見てて重過ぎる……と思うほど注がれていることを知っている。


 国の暗部からの報告にも、セラディールが弟や国王に隠れて色々やっているが、大丈夫なのか? ということは昔から指摘されてきたものだ。


 今回も第二王子の寝室近くで戦闘が起こったことにより、暗殺者は殺されているが、だいたい殺ったのは、セラディールだろうと、暗部からの報告書を見るまでもなく思った。


 この事件もセラディールが暗殺者を殺している間に、変な思いつきで起こした騒動だろう。


 弟にかける重い愛と同じぐらいに、王太子を辞めたいという感情が強いことも、ここ数年で国王は知っていた。


「王太子は今回で決着をつけるつもりですぞ、陛下。工作の速さといい、王太子殿下は本気ですなぁ。もうここまでこれば、死罪や幽閉刑とまではいかなくとも、王太子の座は取り消されるでしょう」


「はぁーっ…………」


 宰相の言葉に、国王ラデスは頭を抱えて溜息をつく。


 正妻との間に生まれたセラディールは血筋も良く、婚約結婚だったお陰で後ろ盾にも恵まれている。


 美麗な外見から諸国の評判だって良いし、政治的手腕に関しては文句の付け所もない。


 正直、セラディールが代理を務めるようになってから長年欠席していた国家会議も、自分よりセラディールが行った方が上手くいくと思っていたからだ。


 断じて、公爵とかが面倒くさいからではない……。


「殿下も成長しましたな……」


 これまで王太子が行ってきた数々の失敗を揉み消してきた宰相が、感慨深い様子で言った。


 しかし国王はセラディールに自分の後は継いでもらいたいと思っている。諦めきれない国王は、その辺にあったどうでも良い書類を握りつぶすと、勢いよく行った。


「宰相、王太子を呼べ! こうなったら強硬手段をとって企てを辞めさせる!」



=====



「お久しぶりです、父上。元気にしておられましたか? 私はとても元気にしておりました」


 国王の執務室に呼び出された俺は、手首を縛られて衛兵に連れて来られていた。


 最近は無茶ぶりをしてくる国王相手に使う機会もなかった満面の笑みで、執務室の机に座っている国王と背後に相変わらず控えている宰相をついでに威嚇するように笑みを向ける。


 俺はとってもご機嫌な一方で、目の前に座る国王陛下はとってもストレスが高そうだった。


 まさに俺と雲泥の差である。


「ハァ……」


 笑顔いっぱいの俺の様子を見て、溜息をついた国王が言う。


「セラディール、縛られて楽しそうだな?」


 ジロリと疲れ切った鋭めの眼光で父上が俺のことを睨む。


 どんな罪を犯そうと、王族が縄で手首を縛られるなんてことは通常ないのだが、悪いことをした人物に見えることから、俺が兵士に頼み込んで縛ってもらったのだ。


「はい、とっても楽しいです。かつてない経験に興奮しています!」


 超ルンルンな様子で即答して返す俺に、国王はますます表情を曇らせた。


 だが見ても分かるとおり、将来も絶対に大変になる王太子の座なんて直ぐに飛び降りたい。俺は国王相手でも、絶対に遠慮しないと心に決めていた。


「セラディール、裏工作を止めろ。これは命令だ。最初は第二王子の暗殺未遂だけだったのに、罪状がどんどん増えている」


「いやです」


「命令だ。国王の命令だ、セラディール聞け」


 命令を拒否した俺に、この国の頂点である国王が再度強い口調で命令をする。


 普段だったら直ぐさま従って行動を変えただろう。だが、仕事に物理的に抑圧されてきた俺にも革命の時がきたのだ。


「もう流れは止められません。この陛下と宰相が与えてくる大量の無理難題に、貴族たちから国王陛下と変われと言われた立場もおさらば。胃薬を片手に、連日連夜続けていた各方面との調節作業からも、俺は解放されるのです!!」


 滅多に取り乱さないセラディールが感情を溢れさせて抵抗する様子に、その後も説得を続けたが、結局セラディールを説得することは出来なかった。


 俺の裏工作が、どんどん俺に無罪の罪を被せていく……。



 そして時は流れ、一週間後____。


 罪状を言い渡される日がきた。



ーーーーー



 初めまして皆さま。作者です。(初めまして?)


 本作をお読み下さってありがとうございます。やっぱり手癖で書いてもいい作品って、書いてて楽しい。本当に超楽しい!!

 しばらくの間は、毎日投稿を続けたいと思います。

 ストックがあまりないのが心配ですが、物語が落ち着くまで暫くは(3週間くらい?)毎日更新で続けていく予定です。


 ハートマークや感想、誤字脱字報告、お待ちしております。



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