4話 ここに暗殺未遂犯がいます。


 作戦は上手くいった。


 城の地下にある薄暗くて、不清潔な牢屋の一角。


 時折ネズミが徘徊しているのを見られるここは、俺がずっと来たかった場所だ。なのにこれまでは王族が好き好んでそんな場所にいっては行けないと言われて行けなかった。


 素晴らしいことに、俺は牢屋に拘束されている。


 この王国にいる王位継承権を保持するたった2人の王子、第一王子と第二王子のうち片方を暗殺しようとした疑いで、俺は城の衛兵に捕まっている。


 俺は、第二王子を狙った暗殺者としては不自然な点が大量にあった。


 黒マントを外せば自分の正体が直ぐにばれる杜撰な変装だったし、何より城の貴族や王族たちは直接手を汚す真似は一切しない。


 部下を派遣して邪魔な政敵などを排除していくのが定石じょうせきだからだ。直接殺しに行って正体がバレてしまうなんてことはまず起きない。


 何より疑惑が持たれてしまった人物が、弟を可愛がっていることで有名だった俺だ。


 社交界や外交の式典で自慢の弟を散々可愛がってきた俺が、まさか弟を殺そうとするはずがない。俺を暗殺容疑の罪から、擁護ようごしようとする貴族や文官はもちろん存在した。


 ____だが、俺は全て握りつぶした。



 俺の逃走を目撃していたダロン公爵を始めとした一部貴族の主張が押し通るように、裏で調節したのだ。


 思いつきだったとは言え、ここまで計画通りにいくと思っていなかった俺は、自分の立場が脅かされるのを実感してきて、追放されようと決意した日からこれまでで一番機嫌が良い。


 地面にしかれたお世辞にも充分とは言えない、紙みたいな敷物の上に座りながら、鼻唄を歌っている俺は満面の笑みだ。


 きっと今も宮殿がある地上では、俺の指示を受けた部下が証拠を捏造して俺の立場を悪化させようと奮闘しているだろう。


 幸いにも、こんな俺を慕ってくれている味方は沢山いるので、ここまで物事が大きくなればきっと上手くいく。


 彼らは俺の言うことを何でも聞いてくれるのだ。便利である。


 そんなことを考えていると、地上からの階段を降りてきた兵士が話しかけてきた。


「王太子様、お食事をお持ち致しました……」


 兵士の声に振り返った俺は、お盆の上に載せられた食事に目をやる。


 腐っているのではないかと思うような、黒くてカチカチなパン(?)のような物体。それに加えて、濁った水みたいなスープが用意されていた。


「あのっ……王太子様、もっと良いお食事をご用意させて下さい」


 心配するような声で、この食事を持ってきた兵士が言う。

 確かに暗殺容疑が掛けられているとは言え、王太子が食べるような食事ではないだろう。


 それに牢屋だって、貴族であっても清潔で広めの監禁部屋が用意されたはずである。

 決して格子が埋め込まれた狭い牢屋に閉じ込められることはない。


 では何故、こんな場所に俺が拘束されているのか?


 それは単純。俺が望んで、裏から手を回したからである。


「いいや、その食事を頂くよ」


「ですがっ……!」


 俺は何のためらいもなく承諾したのに、一応規則だからとここの投獄犯に与える一般的な食事を用意された兵士が食い下がる。


 他にも見張りの兵士がいたが、こちらに向けている視線は目の前の兵士と同じようなものだ。


 投獄場所に関しては、ここに放り込まれるように俺は手を回したが、俺を見張る兵士まで手を回した覚えはない。


 きっと投獄犯を見張る兵士がたまたま全員、王族派だったんだろうなーと思いながら、俺は食べたことのない食べ物もどきを手に入れるため、再度口を開いた。


「君たちには苦労を掛けるね。だけど私にはその食事で充分だ。民のなかには食事にありつけなくて苦しんでいる者もいると聞くし、たまには良いと思うんだ」


 それらしく理由を付けて、しぶしぶ納得した兵士から俺は食事を受け取る。


 俺がもし王族としての食事を彼らの提案通り望んだら、一体どんな物を用意するつもりだったのかは、少し興味はあった。だが、まあいい。次回にしよう。


 見た目通り、超カチカチで食べれないような強度を誇る黒パンと俺は格闘していると、地上の方から見知った気配がやって来るのを感じる。


「見張りたちは、全員下がっていいよ。お仕事お疲れ様。私の配下が呼びに来るまで見張りの部屋で休んでいてくれ」


 牢屋の中から俺が声を彼らに掛けると、全員が直ぐさま頷いて去っていく。


 ……正直、そんなことを言われて監視を放棄してしまう見張りも、国を統治する側としてはどうかと思う。


 だが、今回は言うことを素直に聞いてくれた方が都合が良いので、ノーコメントだ。



 監視している者がいなくなった俺の牢屋に、人の気配が近づいてくる。


 気が付いたら牢屋の目の前に跪いていた数人の手下に、食事中だった俺は冷たい視線だけを向けた。


「首尾はどうだ? レンス」


「はっ」


 俺に尋ねられた手下の一人が、頷いて報告を始める。


「計画は順調。我々の望んだとおりに物事は進んでおります。ただ、国王陛下と宰相様からの妨害が入っているのと、衛兵総括者からの妨害も確認されています」


 何とか一口大の大きさにちぎれたパンを、泥水みたいなスープに付けながら、俺は手下に目的を遂行するための適切な指示を与えていく。


「父上と宰相が俺の邪魔をしてくるのは分かってる。外堀から埋めていって選択肢を奪っていけ」


 にしても、本当に堅いパンだなーと思いながら、思考を巡らせた俺は言葉を続けた。


「衛兵総括者? ……ああ、フランダ殿か。じゃあ、近衞隊長に俺が不利になるような証言をさせろ。動勢を見守っている警備管理隊長たちには、彼らが職務怠慢していた記録を捏造して脅せ。何としても、成功させるんだ」


 このまたとない絶好のチャンスを、俺は必ず掴んでみせる。


 いつになく気合いの入った俺の指示に、手下たちは力強く頷いてみせると去っていった。



 さあ、自由の切符を手に入れようじゃないか!





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