3話 名案



 俺たち王族が置かれている立場は、本当に面倒くさい。


 セロンアデス王国は小さな領土を巡って今日も争っている近隣諸国に比べると、大国であると言っていいだろう。


 各方面に配置されている軍には一つの隙も存在しないし、ダロン公爵を筆頭とした一部貴族に関しては何とも言えないが、貴族と王族の繋がりも基本的には強固である。


 では、どうやって国を混乱に陥れるか?


 4日間に続く徹夜仕事が終わった俺は、ベットで今すぐに寝たい気持ちを抑えて、真夜中の城の屋根をよじ登っていた。


 俺の金髪は夜でも目立つため、全身を隠せるような黒マントを被って夜の闇に紛れ込んでいる。


 そう、暗殺者みたいに。



 10人ほどの俺と同じように黒装束をしている暗殺者たちは、音も立てずに眼下に広がる外廊下を疾走していた。


 向かう先は南の宮殿。____狙いは俺の弟か。


 彼らの走る速度がまあまあ速かったので、俺も直ぐさま移動を始める。第二王子である弟の寝室に辿り着く前に、挨拶をさせてもらうとするか。


「やあ、こんばんは。お前たちは私の大切な弟に、いったい何をするつもりかな?」


 暗殺者集団の行く手を遮るように廊下の地面に着地した俺は、穏やかで優雅な表向きの声音に若干の暴言を交えながら、剣を抜いた。


「城の衛兵か?」

「一人だけだ。速く処分して先に進むぞ」


 小声で囁き合って、俺と同じように剣を抜き始める暗殺者に俺は笑みを深める。


「それが違うんだよなあ。私は衛兵じゃないし、まあ一人でもない? かな」


 俺が敵の襲撃に気が付かないくらい熟睡してしまった時に備えて、一人だけの大切な弟を護るための部隊は用意してある。


 王家お抱えの裏部隊とは、また別のものだ。


 俺は見知った手下の気配が遠巻きに俺たちを見ているのを感覚で感じ取りながら、暗殺者に斬りかかっていく。


「あーあ。今日は弱いなー。眠いなぁー」


 10人程度しかいなかった暗殺者の集団は、簡単に全滅してしまった。つまらない。


 死にかけの暗殺者を横目に、一人で圧倒して見せた俺は愚痴をこぼす。


「王太子ってさ、もっと自堕落な生活が送れると小さい頃は期待してたんだよ。なのにさ、国王陛下ってば本当に酷いよねー」


 無駄に図体のデカい死にかけの暗殺者を、遠慮なく靴の先で蹴りながら言葉を続ける。今日も俺のストレスは酷い。


「だって今日で4徹だよ? 4徹。絶対に平民になった方が良い暮らしが出来る。あーあ、平民になりたいな。追放されたいなぁ……」


 外廊下から空を見上げると、夜の月が輝いていた。


 早く寝なければ。身長が伸びないとかそういう平和なのじゃなくて、普通に4徹目の俺は睡魔で気が狂いそうなのである。


 そんなことを考えながら、貴族たちと違って死にかけの暗殺者が反論もしてこないことを良いことに俺は不満をぶちまけていると、俺は突然パッ、と疲労で困憊していた顔を明るくした。


「あっ! そうだ、良いことを思いついた!」


 城を見回りしている衛兵に見つからないように黒装束をしていた暗殺者たちと、侵入者である暗殺者たちに気付かれないように黒マントを被っていた俺は、何となく服装の雰囲気が似ている。


「これはいけるのでは? いけるのでは?? これは非常に良い案を思いついてしまったかもしれない!」


 俺が殺した暗殺者たちの死体を処分するために、引き続き遠巻きに待機していた俺の手下を合図をして呼ぶと、目の前に来させる。


 作戦を伝えた俺は、命令に従って行動を始めた手下たちをご機嫌な様子で眺めた。


 そして準備が整うと、俺は黒マントを泥と暗殺者たちの血で汚して、廊下を足音を立てながら走り始めた。



=====



「こっちだ! 右側の廊下を曲がったぞ!」

「追えーっ!」

「侵入者を捕まえろー! 相手は第二王子を狙った暗殺者だー」


 城の衛兵であることを示す隊服を着た衛兵たちは、一人の男を追いかけていた。


 男は黒ずくめのマントをはためかせ、怪我でもしているのか走り方も変だ。


 荒い息をして第二王子の寝室がある方面の廊下からやってきた侵入者は、城を巡回中の衛兵に見つかった結果、怪しい者として追いかけられている。


 第二王子の寝室に繋がる直ぐ近くの廊下では、王族の護衛隊から暗殺者の侵入して戦闘があったという報告も上がっている。


 それに暗殺者は腕利きで、一人だけ逃がしてしまったという報告も同時に衛兵に伝達させられていた。



「ハアハア、ハァ……」


 第二王子の殺害を企てた暗殺者の一人として、俺は衛兵から逃げていた。


 程よく追いかけてくる衛兵との距離を調節しながら、城の廊下を行ったり来たり。


 多くの衛兵に俺が暗殺者として逃げている現場を目撃してもらうのも、大変だ。


 挟み撃ちされてしまえば目撃者も少ないまま捕まってしまうので、城内の地図を頭の中で広げて疾走していた。


「ダロン公爵、危ないです。おさがり下さい!」


 緊迫した声音が向こう側の廊下から聞こえてくるので、俺は声のする方へ逃げてみれば、そこには貴族派筆頭のダロン公爵がいた。


 俺は心の中で笑みを深める。


 いつもは国家の利益にならないことばかり、自身の利益のみしか追及しない公爵を、特段悪いことはしていないとは言え、俺は敵だと認識していた。


 だが、今なら俺たちは協力できる。


 王太子なんか辞めたい俺と、将来は傀儡かいらいにするのも難しい王太子をこの座から引きずり下ろしたい公爵の利害は一致する。


「うわっ……!」


 満身創痍な様子で走っていた俺は衛兵の一人が背後から投げてきた槍に驚いた演技をする。


 ついでに、護衛に囲まれて護られている公爵の前で、俺はズッテーンと派手に転んでみせた。


 その時に偶然、被っていた黒マントのフードが外れて、特徴的な金髪を持つ俺の顔が露わになる。


「セラディール王太子様?!」

「王太子様?」

「あ、暗殺者はセラディール王太子様だ!」


 騒ぎ出す大量に集まった城の衛兵と、こちらを驚いた表情で見るダロン公爵。



 俺は成功を確信した。

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