第6章 第2話 闇を知る者

数日後、セレスティアは冒険者たちと共に森を抜け、リウスが紹介した知人の待つ小さな町へとたどり着いた。その町は賑わいから程遠く、どこか寂れた雰囲気を漂わせていた。石畳の道にはひびが入り、通りを歩く人々の顔には疲れが滲んでいる。町外れの宿屋に案内された彼女たちは、そこでリウスの知人とされる男と出会った。

彼の名はベレル。薄汚れたローブをまとった中年の男で、その目は鋭く、口元にはかすかな苦笑が浮かんでいた。彼が立ち上がると、セレスティアはどこか冷やりとするような雰囲気を感じた。

「君がセレスティア・デ・オルドレッドか。リウスから話は聞いている」

ベレルは、低くかすれた声で言いながら、セレスティアを観察するようにじっと見つめた。彼の視線には容赦がなく、まるで彼女の内面まで見透かされているようだった。

「はい…私は、自分がなぜ国外追放されたのか、その理由を知りたいんです」

セレスティアは少し緊張しながらも、勇気を振り絞って答えた。

「追放された理由、か。確かに、それを知りたいのは当然だろうな」

ベレルは、そう言うと椅子に腰を下ろし、手元に置いた酒瓶を静かに傾けた。その仕草は飄々としているが、その眼差しには冷たい知性が宿っていた。



「君の追放は、単なる冤罪ではない」

ベレルは、セレスティアを見据えながら静かに話し始めた。

「それどころか、もっと深い陰謀が背後に潜んでいる。君の家系——オルドレッド家は、王家にとって脅威となる存在だったのだ」

「脅威…?」

セレスティアは驚きのあまり声が震えた。自分の家族が王国に忠誠を誓う貴族であると信じて疑わなかった彼女にとって、この言葉は衝撃的だった。

「オルドレッド家は、表向きは王国の忠実な臣下として存在していたが、その血筋にはもう一つの秘密が隠されている」

ベレルの声が低くなる。部屋の中の空気が一瞬で重くなったような気がした。

「君の家系は、王位継承権に関わる古い血筋を持っている。その力を封じるために、君の家族は権力争いの中で標的にされ、君自身もその影響を受けて国外追放という形に追いやられたのだ」

セレスティアは言葉を失った。自分の家族がそんな争いに巻き込まれていたなど、全く想像もしていなかった。彼女の心の中で、小さな記憶の断片がよみがえる。幼い頃、両親が自分の前で何かを隠しているような素振りを見せていたことがあった。その時は気に留めなかったが、今になってそれが何を意味していたのかを理解し始めた。



「しかし、どうして私に王位継承権なんて…」

セレスティアは、混乱したまま口にした。

「君自身がその争いに積極的に関与していたわけではないだろう。だが、オルドレッド家の血筋そのものが問題だったのだ」

ベレルは淡々と説明を続けた。

「君の家系が王家にとって脅威と見なされた理由の一つは、古代の契約にある。かつて王国を創設した時代、オルドレッド家は王国のもう一つの支柱として存在していた。もしその血筋が正当性を主張すれば、王位が揺らぐ可能性があったのだ」

その言葉を聞き、セレスティアの心は不安と困惑で揺れた。

「でも、私はそんなことを考えたこともないわ。ただ普通に…家族と穏やかに生きていただけなのに」

「穏やかに生きていただけでも、君の存在そのものが問題だったんだよ」

ベレルの冷たい声が部屋の中に響く。

「君が何もしていないからこそ、彼らにとって脅威だったんだ。だから、王家の中の誰かが君を追放するために反逆罪をでっち上げた。それが君の追放の真実だ」



セレスティアは重い沈黙の中、ベレルの言葉を反芻していた。彼の話が真実であれば、自分はただの犠牲者だったことになる。しかし、同時にその血筋がもたらす可能性を否定することもできなかった。

「…私の家族はどうなったの?」

恐る恐るそう尋ねると、ベレルは眉をひそめた。

「残念ながら、君の家族がどうなったかは俺も知らない。ただ、国外追放された君が生き延びている以上、彼らもどこかで無事かもしれない」

その答えは、セレスティアにわずかな希望をもたらしたが、それ以上に彼女の心には重い疑念と苦しみが広がっていった。

「君にとって重要なのは、この情報をどう使うかだ。真実を知った以上、これを黙っていることもできるが、行動を起こすこともできる。選択は君次第だ」



ベレルの言葉を胸に刻みながら、セレスティアは目を閉じて深呼吸をした。自分が追放された理由が、単なる冤罪ではなく、王家を揺るがす陰謀の結果だったという事実。その真相に触れたことで、彼女の中には新たな感情が芽生えつつあった。

「私には、真実を知る責任がある」

小さく呟いたその言葉は、自分自身への宣言でもあった。

焚き火の静かな音が部屋の中に響く中、セレスティアは新たな覚悟を胸に抱き始めていた。

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