第3章 第3話

セレスティアは、目の前で起こった信じがたい現象に戸惑いながらも、自分の体から放たれる光の強さに圧倒されていた。70年もの間、「さとみ」として生きてきた自分が、まさか魔法という未知の力を手にすることになるとは想像もしなかった。日本での日常生活では、魔法というものは物語の中でしか存在しない幻想に過ぎなかった。しかし今、彼女の手から放たれる力は、紛れもない現実だった。


「これが…魔法なの?」


驚きと恐れが混じった声が、彼女の喉から自然と漏れた。自分が目にしているものが、あまりにも現実離れしているため、しばらくは何が起こっているのか理解できなかった。体から溢れ出す力の流れは、まるで堰を切ったように止めようがなく、彼女の体はまるで別の存在に操られているかのように感じた。


「こんなことが本当に…起こるなんて…」


彼女の心には、様々な感情が渦巻いていた。これまでの人生で感じたことのない未知の力に対する恐怖と、それが自分の中に宿っているという事実に対する驚き。そして、そんな驚きの中でも、どこかでこの力がこれからの自分にとって重要な意味を持つことを確信していた。


しばらくの間、彼女はその場で呆然と立ち尽くしていた。自分の手に宿る光が徐々に薄れ、やがて完全に消えていくと同時に、力の流れも落ち着いていった。自分の手をじっと見つめながら、セレスティアは徐々に心を落ち着けようとしていたが、魔法の発現がもたらした衝撃はあまりにも大きかった。


その時、背後から歓声が聞こえてきた。


「やった!雨が止んだ!」


村人の一人が声を上げた。その声で、セレスティアは我に返った。周囲を見渡すと、村人たちが驚きと喜びの入り混じった表情で、彼女を見つめていた。彼女の無意識のうちに放たれた魔法が、空に急に現れた嵐を鎮めたらしい。嵐が起こる前の晴れた空が、再び村の上空に広がっていた。


セレスティアは手のひらをじっと見つめながら、ようやくその力の存在を認めることができた。自分の体に何か特別な力が宿っているという事実が、はっきりとした形で表れたのだ。


自分の力への戸惑い


「これが私の力…なの?」


彼女は震える声でつぶやいた。日本で過ごした70年の中で、魔法など存在しない世界を生きてきた。そのため、目の前の出来事を完全に受け入れるには時間がかかった。しかし、嵐を静めたという事実は否定のしようがなかった。今、この異世界で「セレスティア」として生きる中で、彼女は魔法という強大な力を手にしている。


その力の源が何であるのか、そしてどうやって使いこなすのかは、まだ彼女には全く分からない。だが、この瞬間から、彼女の中で新たな覚悟が芽生え始めた。自分はただ異世界に迷い込んだだけの存在ではなく、この世界で何らかの使命を持っているのだという自覚が生まれたのだ。


これまでの「さとみ」としての自分と、新たに得た力を持つセレスティアとしての自分が、彼女の中で次第に融合し始めていた。70年間生きてきた経験は、彼女にとって確かに大きな支えとなっているが、今後はその経験だけではなく、異世界で得た新しい力も重要な意味を持つだろう。それがどのようにして発現するのか、どう使いこなすのかは分からないが、セレスティアはこの力を無視することはできなかった。


セレスティアは、これまでの自分と、今の自分との違いを強く感じ始めていた。日本では平凡で静かな日常を送っていたさとみ。そこでは、魔法や奇跡といったものは物語の中でしか存在しない。しかし、この異世界に来てからというもの、彼女は次々と異常な体験をし、その度に新たな一歩を踏み出さざるを得なかった。


70年間の経験は、彼女に知恵と冷静さを与えてくれた。だからこそ、彼女は今ここでの異常な事態にも、比較的冷静に対処できたのかもしれない。だが、それと同時に、この異世界では、これまでの人生で学んだものとは全く異なる力を使わなければならないということを痛感していた。


「私はもう、ただのおばあちゃんじゃないんだ…」


彼女は自分にそう言い聞かせた。これまでのさとみとしての経験は、彼女にとってかけがえのないものであり、それを捨てることはできない。しかし、この世界ではそれだけでは不十分であることも理解していた。この新しい力をどう扱うか、それがこれからの彼女の生き方に大きな影響を与えるだろう。


セレスティアは、村の人々が徐々に日常に戻っていくのを感じながら、静かに自分の中で決意を固めていた。これまでのさとみとしての知識と経験に加えて、今この世界で目覚めた「魔法」という力も自分の一部として受け入れなければならない。その力をどう使うかは、まだ未知の領域だが、セレスティアはその力を恐れることなく向き合っていくつもりだった。


彼女の中で何かが確実に変わり始めている。それは「ただの異世界の迷子」ではなく、この世界で何かを成し遂げるべき存在としての自覚だった。自分がこの世界に送り込まれた理由、反逆罪で追放された背景、そして異世界の未来。それらすべてが、これからの彼女の生き方に関わってくるだろうと感じた。


「この力を使って、何かを変えられるなら…」


セレスティアは、まだ見ぬ未来に向けて、新たな一歩を踏み出す決意を胸に秘めていた。

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