第3章 第4話
その夜、セレスティアは一人で村の広場に立っていた。風は穏やかで、昼間の嵐が嘘のように澄んだ夜空が広がっていた。星が瞬き、月が静かに光を放っている。彼女はその美しい光景に心を奪われつつも、心の奥底では未だ解けない疑問が渦巻いていた。
初めて魔法を使った時のあの感覚が、まだ彼女の体の中に残っていた。昼間、無意識のうちに放った魔力が、嵐を鎮めた瞬間——その圧倒的な力と、それが自分の中に潜んでいたという事実。セレスティアは、自分の手のひらを見つめながら、まるで魔力が再び湧き上がるかのような錯覚を覚えていた。
「魔法…か。これが異世界で生きるための私の新しい力なのね」
彼女は、呟くようにその言葉を口にした。これまでの70年の人生の中では、魔法などというものは存在しなかった。それが異世界という未知の場所で突然現れたということに、驚きと戸惑いが入り混じっている。
どうして突然この力が発現したのか?
セレスティアは、何度もその問いを自分に投げかけていた。魔法の存在自体が、彼女にとっては夢物語のようなものだった。しかし、それが今や現実となり、彼女の体の一部として現れている。なぜこの力が現れたのか、そしてそれをどうすれば制御できるのか——それらはまだ彼女にとって未知の領域だった。
セレスティアは、再び自分の手のひらをじっと見つめた。何も起こらない。魔法がどうやって発動したのかも分からないし、その力を自分でコントロールできるかどうかも分からなかった。しかし、それでも彼女の中には一つの確信があった。
「私はただの異世界の迷子じゃない」
そう、彼女にはもう迷子のような不安感はなかった。自分がこの世界に飛ばされた理由が何であれ、魔法の力が自分に与えられたということは、きっと何か意味があるのだ。彼女は、今までの「さとみ」としての自分だけではなく、セレスティアとしてこの世界で生きていくための使命を背負っているのだろうという強い予感を抱き始めた。
夜風が彼女の髪を優しく揺らし、セレスティアは静かに目を閉じた。そして、70年間の「さとみ」としての人生を思い返していた。
日本で過ごした日々は、彼女に多くの知恵と経験を与えてくれた。結婚し、子供を育て、家族を守りながら生きてきた。夫が亡くなり、子供たちが家を出て一人になってからも、さとみは自分の知恵や工夫を活かして老後を楽しんでいた。その時には、自分が異世界で魔法を使い、若返って新たな冒険に挑むことになるなんて、夢にも思わなかった。
「でも、あの時の私に戻ることはもうないのね…」
セレスティアは、ふとそう思った。日本での静かな生活も素晴らしいものであり、それが今の自分を形作ってくれた。しかし、異世界で得た新しい力と、この世界で生きるための新たな役割を無視することはできない。彼女は、自分がこの世界で果たすべき使命があるのだと、心の中で少しずつ強く思うようになっていた。
彼女の頭に、村の人々の顔が浮かんだ。異世界に来てから、セレスティアはこの村で多くの人々と触れ合い、支えられてきた。彼女の知恵が村の農業に役立ち、彼女の存在が村人たちの生活に少しずつ溶け込んできたことは、彼女にとって大きな励みだった。
村の人々は、初めは彼女をただの外来者として見ていたかもしれない。だが、彼女が示した知恵や工夫、そして彼女の優しさに触れることで、村人たちは次第に彼女を信頼し、受け入れるようになった。特に、今日見せた魔法の力によって、彼女がただの村人ではなく、この村の未来に大きな影響を与える存在であることが、村全体に認識された。
「この力を、村のために使えるのなら…」
彼女は、心の中でそう決意した。これからの自分は、ただ村で平穏に暮らすだけではなく、この魔法の力をどう使っていくべきかを考え、異世界での使命を全うするべきだ。彼女は決して力を濫用するつもりはない。しかし、この力が村人や、もっと広くこの異世界の人々に役立つのなら、彼女はそれを惜しむことなく使うべきだという考えに至った。
「この世界で生きていく覚悟を、しっかりと持たなきゃ」
彼女は、再び夜空を見上げ、星々の輝きをじっと見つめた。この異世界には、まだ自分が知らない多くの謎が潜んでいる。自分がどうしてこの世界に来たのか、反逆罪で追放された理由、そして自分の力の真の意味——それらを全て解き明かすための旅が、これから始まるのだろう。
これまでの人生で得た知恵や経験を活かしつつ、新たに得た魔法という力を自分のものにし、この世界でやるべきことを見つけ出していく。彼女の胸の中で、これまで以上に強い決意が固まっていった。
セレスティアは、村の人々と共に生きていく覚悟を新たにし、未来への一歩を踏み出す準備をしていた。
こうして、セレスティアの異世界での新たな冒険が、本格的に始まろうとしていた——。
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