第3章 第2話

ある日、セレスティアがいつものように村の広場で農作業を手伝っていた時のことだった。朝は穏やかに始まり、雲一つない青空が広がっていた。村の人々も普段と変わらない日常を過ごし、それぞれが畑や家畜の世話に励んでいた。太陽の光が心地よく村全体を包み、暖かな風が吹き抜ける中、セレスティアは周囲の穏やかな空気を感じながら作業を続けていた。


しかし、その静けさが突然破られる。空気が一変したのだ。


「何かが…おかしい」


セレスティアは、何とも言えない不安を感じた。村を包み込んでいた柔らかな風が急に止み、代わりに異様な重さを帯びた空気が漂い始めた。周囲の村人たちも同じように異変を感じたのか、次第に手を止め、あたりを見回し始めた。空を見上げると、今まで晴れていたはずの青空に、どこからともなく黒い雲が急速に広がっていくのが見えた。風が強く吹き始め、雷鳴が遠くで響く。その音はまるで空そのものが割れんばかりの轟音だった。


「何が起こっているの?」


不安が胸を締めつけ、セレスティアは手にしていた道具を地面に置いた。普段の作業に集中するどころではなくなり、村の中心部へと足を進めた。風は次第に強さを増し、周囲の木々が激しく揺れ始めた。村の人々も同じように異常を感じ、集まってきている。


「これは…ただの嵐じゃない」


セレスティアはそう感じた。この異常な気象現象が、ただの自然現象ではないことは明らかだった。村の長老たちも緊張した面持ちで空を見上げ、何かをつぶやいている。村の中には緊張感が広がり、人々は次々に家へ避難しようと慌ただしく動き始めた。しかし、セレスティアは動けなかった。彼女の体に、まるで何か大きな力が押し寄せてくるかのような感覚が広がっていた。


その時だった。セレスティアの頭の奥に突然、鋭い痛みが走った。


「痛っ…!」


思わず手で額を押さえたが、その痛みは次第に激しくなり、視界がぐにゃりと歪む。まるで頭の中が引き裂かれるような痛みが彼女を襲い、意識が朦朧とし始めた。必死に立ち止まり、深呼吸を繰り返しながら耐えようとしたが、痛みはさらに増していくばかりだった。


「どうして…?」


痛みの中で、セレスティアの体はまるで自分の意思とは関係なく、勝手に動き出した。意識は朦朧としているのに、体はまるで何かに引き寄せられるように勝手に動いていく。彼女は必死に抵抗しようとしたが、無駄だった。体は重力に逆らうように軽やかに動き、彼女の手が不自然に前に伸びた。


その時、彼女の手から淡い光が放たれた。


最初はかすかな光だったが、徐々にその光は強くなり、村の広場を照らし始めた。村人たちは驚き、戸惑いながらその場に立ち尽くしていた。彼女自身も、目の前で何が起きているのか理解できないままだった。体の内側から何かが湧き上がるような感覚と共に、光が彼女の手から放たれ続けた。


「セレスティア様…?」


村の一人がそうつぶやいたのが聞こえた。彼らも何が起こっているのか全く分からない様子だったが、その目は確かにセレスティアの手元に集中していた。彼女の手から放たれた光は、さらに強さを増し、やがてそれは村の広場全体に広がり、地面に何かが浮かび上がってくるのが見えた。


大きな魔法の紋章が、地面にくっきりと描かれていく。まるで目に見えない手が操っているかのように、その紋章は幾何学的な模様を形作り、次第に明確な姿を現していった。村の人々はさらに驚き、その場に立ち尽くしている者、後ずさりする者、声を失う者と様々だった。


「これが…魔法?」


セレスティア自身も、自分の体が何をしているのか理解できないままだった。彼女が知る限り、魔法なんてものは日本では存在しない。しかし、今まさに自分の手から発されている光と、この異世界に浮かび上がる紋章が、全く新しい力の存在を彼女に示していた。彼女の中に何か新しい力が目覚めつつあるのだろうか。そうだとすれば、この力は一体何なのか、そしてどうやって使いこなせるのか。


彼女の中にある謎が、さらなる疑問を呼び起こしていく。自分がセレスティアとして転生した意味、そしてこの異世界での存在理由。すべてがまだ霧の中に包まれているが、確かに新しい力が目覚めた瞬間を感じ取った。


その光景を見つめる村人たちの間に、ざわめきが広がった。


「やった!雨が止んだぞ!」


ある村人が声を上げた。その言葉でセレスティアは、周囲の状況に意識を取り戻した。いつの間にか、急に広がっていた黒い雲が消え去り、村を覆っていた嵐も静まっていた。雷の音も風の勢いも消え去り、再び静寂が広がっていた。


「私が…止めたの?」


セレスティアは、自分が無意識のうちにその嵐を鎮める力を発揮したことを実感した。彼女の中で何かが確かに変わり始めたのだ。それは「さとみ」として生きてきた70年間では到底経験したことのない新しい感覚であり、異世界に来て初めて得た力の兆しだった。


彼女はしばらくの間、手のひらに残る淡い光を見つめ、呆然と立ち尽くしていた。この異世界での自分の役割が、ただの迷子ではなく、もっと大きな意味を持っていることを初めて実感した瞬間だった。


こうしてセレスティアは、初めて自分の中に眠る魔法の力を知り、それが異世界で彼女に与えられた「使命」や「運命」にどう結びつくのかを探り始めることとなる。

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