第3章 第1話
セレスティアは、異世界での新しい生活に少しずつ慣れてきていた。日本で「さとみ」として過ごしてきた70年の記憶と知恵が、この異世界でも意外な形で役立っていることを知り、彼女の心には安堵と少しの誇りが生まれ始めていた。彼女は、若い体を持ちながらも、年齢に見合った経験と知識を持つという独特の立場にあり、そのことが村人たちとの関係にプラスに働いている。
村での生活は質素ながら、彼女にとっては心地よいものだった。村の人々は、農業や家畜の世話に追われる日常を送っており、その中でセレスティアも少しずつ村の一員として受け入れられ始めた。特に彼女の提案する作物の育て方や、家事を効率化する工夫などが村人たちに好評で、次第に彼女に対する信頼が深まっていった。
日本で培った知恵が、異世界でも通じる。セレスティアにとって、それは驚きと同時に、自分の価値を再認識させるものでもあった。例えば、彼女が提案した堆肥の使い方や水はけを良くするための土地改良の方法が、村の収穫量を向上させ、村人たちの生活を少しずつ豊かにしていった。特に、長年農業に従事してきた村の年配者たちは、セレスティアが自分たちには思いつかなかったような工夫を教えてくれることに感謝していた。
「これが…おばあちゃん時代の知識が役に立つということなのね」
彼女はそう思いながらも、この世界で自分が果たしている役割が少しずつ形になっていくことに自信を持ち始めた。しかし、それと同時に、彼女の心には消えない漠然とした不安が残っていた。
村での生活が充実しているにもかかわらず、セレスティアの胸の内には常に何かが引っかかっていた。日々の暮らしが落ち着いてくるにつれ、彼女は自分の中にある疑問が次第に大きくなっていくのを感じていた。
「私がここにいる理由って、一体何なんだろう?」
セレスティアは、夜になるとベッドに横たわりながら、その思いを何度も繰り返した。彼女が日本で生きていた頃、あの平穏な日常の中では決して感じることのなかった漠然とした不安。異世界に飛ばされてからというもの、数々の出来事に巻き込まれ、そのたびに状況に流されてきた彼女は、今ようやく自分の置かれた立場について真剣に考え始めた。
国外追放という運命。それはあまりにも突然で、彼女には全く心当たりがない出来事だった。セレスティア自身、セレスティア・デ・オルドレッドという人物についてもよく分かっていなかった。彼女はなぜ異世界に飛ばされ、なぜ「セレスティア」という名前で生きているのか。そして、なぜ反逆罪で追放されるという重い運命を背負わされているのか。
「もしかして…誰かの陰謀なのかしら?」
彼女は頭の中で様々な仮説を巡らせた。この異世界では、自分以外にも同じように転生している人がいるのだろうか?それとも、彼女だけが何か特別な理由でこの世界に引き寄せられたのだろうか?もし陰謀が背後にあるのだとしたら、それを操っているのは誰なのか。
夜ごとに彼女の不安は深まっていった。日中は村人たちと共に過ごし、楽しいひとときを共有しながらも、夜が訪れると彼女は一人その不安と向き合わなければならなかった。異世界に転生してから、まるでこの世界の歯車に組み込まれたかのように流されるままに生きてきたが、今後も同じように生き続けるわけにはいかないという気持ちが次第に強くなっていた。
一方で、セレスティアの心には新たな使命感も芽生え始めていた。彼女は、ただ日本の「さとみ」としての知恵をこの世界で活かすだけではなく、異世界で新たに生きていくための自分なりの「役割」を見つけなければならないと感じていた。
「私はこの世界で、何を成し遂げるべきなのだろう?」
この問いは、日々の生活の中で何度も彼女の心に浮かんできた。異世界に転生し、若返った体を手に入れたという事実。それ自体が彼女に与えられた特別な力なのかもしれない。しかし、それが具体的にどのような意味を持つのか、そして自分がこの異世界で果たすべき役割は何なのかは、まだ霧の中だった。
セレスティアは、これまでの「さとみ」としての70年の人生で培った経験が、この異世界でも役立つことを喜んでいたが、それだけでは足りないという思いも強くなっていた。日本での穏やかな老後生活から一転して、この異世界では新たな力と使命が必要だと感じ始めていたのだ。
彼女の中で、異世界に来てから徐々に感じ始めたもう一つの要素。それは、自分の体の中に眠っているかもしれない「新しい力」の存在だった。異世界に飛ばされてから、彼女は確かにこれまで感じたことのない感覚を時折感じていた。まるで自分の体の中に潜む何かが、外に出ようとしているような気配。具体的には分からないものの、それがこの世界で生きていく上で何らかの重要な意味を持つことは、彼女にもぼんやりと理解できていた。
その力が一体何なのか、どうやって使うのか、そしてその力がこの世界で彼女にどのような影響を与えるのか。すべてが未知の領域だったが、それでも彼女の中に確信があった。自分はただの異世界の迷子ではない。異世界に来た理由があり、その理由に基づいた使命があるはずだ。
「私は、この世界で何かを成し遂げるために来たんだわ」
そんな思いが、次第に彼女の心の中で確固たるものへと変わりつつあった。自分の過去と今の立場に対する漠然とした不安を抱えながらも、セレスティアはこの異世界での新しい自分の役割を探し始めていた。
こうして、セレスティアは村での生活を続けながらも、心の中で強まっていく使命感と、未だ解決されていない過去の謎と向き合う日々を過ごしていくのだった。
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