第1章 第2話
城の外に連れ出されたセレスティアの目に、異世界の光景が広がった。まず目を奪われたのは、城壁の高さだった。真っ白な石で造られた城壁が彼女の頭上にそびえ立ち、まるで永遠に続くように見える。日本で見慣れていた現代的な建物とはまるで異なる、中世ヨーロッパの城郭のような圧倒的な存在感に、彼女は思わず言葉を失った。
「これは…本当に別の世界ね…」
彼女はつぶやいた。光り輝く太陽が、頭上の青空に輝いている。石畳の道が延々と続き、その道を歩く人々は、まるで中世の映画やファンタジー小説に登場するような衣装を身にまとっている。男たちは革の鎧や布のチュニックを着て、女たちは長いスカートや刺繍の入った衣服をまといながら、カートを引いたり、荷物を運んだりしている。
市場のような広場が広がり、そこでは活気あふれる取引が行われていた。新鮮な野菜や果物、色とりどりの布地や宝石、異世界特有の香辛料や薬草が所狭しと並んでいる。商人たちは大声で商品を宣伝し、買い物客たちが行き交い、道を忙しく歩いていた。人々の言葉は彼女には理解できるが、服装や雰囲気が日本のそれとはまるで違い、ここが別世界であることを強烈に感じさせる。
「これって…もしかして、異世界転生ってやつ?」
セレスティアは、自分が知っている小説やアニメの展開を思い出していた。転生、異世界、冒険…そんな言葉が頭をよぎる。だが、彼女がこれから送る異世界での人生が、反逆罪による国外追放から始まるなんて想像すらしていなかった。期待していた冒険や魔法の世界とは違い、状況は最悪のものだった。
兵士たちは無言のまま、彼女を無情に引っ張っていく。セレスティアは次第に不安と恐怖に襲われ始めた。周囲を見渡しながら、自分がなぜこんな目に遭っているのか、全く理解できないまま状況が進行していく。彼女が記憶しているのは、あの日本の公園での平和な日常。そして、突然のまばゆい光に包まれ、この世界に転生したことだけだ。
「私、どうすればいいの…?」
彼女は、無意識に口から言葉を漏らしていた。だが、兵士たちは無視したまま、彼女を淡々と連行していく。その冷たい態度が、彼女にさらなる不安感を与えた。彼らは、セレスティアが犯してもいない「反逆罪」に対して何の疑いもなく、ただ命令に従っているように見えた。
連行される途中、セレスティアは再び自分の手を見る。かつての70代だった自分の手はどこにもなく、今の彼女の手はまるで違う。しなやかで、柔らかく、若々しい肌。関節に痛みを感じることもなく、力強ささえある。彼女は驚きを感じながらも、この若い肉体にどこか現実味を感じることができずにいた。
「これが…今の私なの?」
かつての「さとみおばあちゃん」だった自分が、夢の中の出来事のように思える。新しい体の動きは軽く、動作一つ一つがしなやかで、70代の自分の記憶とはまるで違っていた。手を握ったり開いたりする動作が、こんなに滑らかに感じるのも久しぶりだった。
「でも、どうして…?」
彼女はまだこの世界で自分が何者なのかを理解できていなかった。もしかしたら、この異世界での新しい人生が、若い頃に戻って一からやり直すということなのだろうか。しかし、なぜ自分が若返ったのか、どうして異世界に転生したのか、その理由は全く分からない。
次第に周囲の景色が変わり始めた。城の中から広がる石畳の道は次第に狭くなり、荒野のような景色が広がっていく。白い城壁の美しさとは対照的に、その外には何もない乾いた大地が広がり、風が砂埃を舞い上げていた。そこには農作地や家畜の姿もなく、まるで何もかもが静かに消え去ったかのような荒涼とした景色が広がっていた。
「ここが…どこかの国境なのかしら?」
セレスティアは、兵士たちの態度や、周囲の変化を感じ取りながら、自分が国外追放されようとしていることを理解し始めた。彼らが連れて行く先には、城もなく、人々の賑わいもない荒野だけが広がっている。
「何も分からないまま、こんなところに置き去りにされるの…?」
彼女の心には、恐怖と孤独が押し寄せてきた。日本での平穏な生活から、一瞬で異世界に飛ばされ、しかも反逆者として追放される運命を背負わされるなんて、到底理解できるものではなかった。
連行される中、彼女の心に様々な考えが交錯する。このままでは、何も分からないまま終わってしまう。彼女は生き延びるために何をすべきか、どうすればこの異世界で自分の力を発揮できるのかを考え始めた。しかし、頭に浮かぶのは、ただただ圧倒的な不安と、これから先の見えない道だけだった。
「この世界で生きていけるのだろうか…」
セレスティアの胸には、かつての知識や経験があるものの、ここでそれが通用するかどうかは分からない。彼女は若い体に戻ったが、それが意味するものはまだ掴めない。
「でも…何とかしなきゃ」
彼女は自分に言い聞かせた。どんな状況でも、前に進むしかない。反逆罪で追放されたことは事実かもしれないが、自分が何をして追放されたのかは知らない。理由が分からないまま終わらせるつもりはなかった。彼女は自分の力でこの異世界で生き抜き、真実を見つけ出すと決意するのだった。
そして、連行されていく先に待ち受ける運命を、彼女はじっと見つめていた。見知らぬ世界に放り込まれた彼女は、まだその力を知らず、これからの人生がどう展開するのか全く分からないまま、その道を進んでいく。
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