第二段階(より具体的に)

第1章 第1話

春の陽気が心地よく感じられる、静かな日本の公園。青空にそよぐ桜の花びらが、そっと風に舞っていた。その公園のベンチに一人座るのは、さとみという70歳を過ぎた女性だった。彼女は毎朝、この公園を散歩することを日課としている。朝の柔らかな日差しに包まれながら、静かに歩を進め、時折立ち止まっては小さな花々や子供たちの遊ぶ姿を眺めることがさとみにとっての一番の楽しみだった。


彼女の体は70歳を超えてもなお健やかで、特別な持病もなく過ごしていた。しかし、彼女の心には何かが足りないと感じていた。夫は数年前に他界し、残された子供たちはそれぞれ家庭を持ち、自分の生活に追われていた。さとみ自身も「寂しさ」という感情には慣れつつあったが、それでもどこか心にぽっかりとした空白を感じていた。


「あの頃はよかったなあ…」


過去を懐かしむように呟き、さとみは昔の活気に満ちた自分の姿を思い出していた。かつては家族のために働き、子供たちを育て、家を守る日々。忙しく過ごしていた頃は、今のように静かな生活が一番の夢だったのに、いざそれを手にしてみると、その平穏さが逆に彼女に孤独を感じさせることが多くなっていた。


「こんな毎日も悪くはないけど、もう少し…何か違う刺激が欲しいわね…」


静かに呟きながら、彼女はベンチに腰を下ろし、青空をじっと見上げていた。大きな変化を求めるわけではない。けれども、このまま同じ日々が続くのも、心に少しの不満を感じてしまう。70年の長い人生を過ごしてきた彼女は、これまでに数多くの困難や幸せを経験してきたが、それでも「何か新しいもの」が欲しかった。


その時だった——。


突然、空が異様に明るく輝き始めた。彼女は目を細めて空を見上げるが、目を開けていられないほどの強烈な光が降り注ぎ、彼女の体を包み込んでいった。


「何これ…?」


驚きと戸惑いの中で、さとみは立ち上がろうとするが、体が重く、意識が急速に遠のいていく。まるで世界が溶けていくかのように、周囲の音も光も消えていった。


目を覚ますと、そこは異世界だった。


さとみが目を開けると、目の前に広がるのは見たこともない豪華な部屋。大きな窓から差し込む陽の光が部屋全体を暖かく照らしている。壁には重厚なタペストリーが掛けられ、精緻な装飾の施されたドレッサーが目の前にある。その高級感漂う空間に、彼女は驚きと困惑でいっぱいだった。


「ここは…一体どこなの?」


彼女はゆっくりと体を起こし、部屋の中を見渡した。その瞬間、目に飛び込んできたのは、鏡に映る自分の姿だった。


目の前に映し出されたのは、金色の長い髪を持つ若々しい女性。陶器のように滑らかな白い肌、そして大きな瞳。さとみは目を疑いながら、自分の手をじっと見つめた。皺が消え、かつての自分のようにしなやかな手がそこにあった。


「これ…本当に私なの…?」


信じられない思いで、彼女は鏡に映る自分の顔を何度も確かめた。70年という長い時間を生きてきたさとみの姿はどこにもなく、そこにはまるで若い頃に戻ったかのような美しい女性が立っていたのだ。


彼女の頭には数え切れないほどの疑問が浮かんでいた。なぜこんな場所にいるのか、どうして自分の姿が変わっているのか——。


その時、突然ドアが勢いよく開いた。


甲冑をまとった数人の兵士たちが、何も言わずに部屋の中に乱暴に入ってきた。彼らは明らかに緊張しており、さとみ——いや、今やセレスティアと呼ばれる彼女をまっすぐ見つめた。


「セレスティア・デ・オルドレッド!国王陛下の命令により、反逆罪で国外追放とする!」


「え、反逆罪…?国外追放って…どういうこと?」


セレスティアは、訳が分からず戸惑うばかりだった。彼女が何か悪いことをした覚えはない。それどころか、この世界がどこなのか、なぜ自分がここにいるのかすら全く理解できていなかった。


「待って、私は何も——」


言い訳をする暇もなく、兵士たちは無情にも彼女を引っ張り出し、外へと連れ去ってしまった。彼女が抵抗する間もなく、豪華な部屋から追い出され、目の前に広がるのは、これまでに見たこともない異世界の景色だった。


外に出ると、そこはまさに異世界の風景だった。


高い城壁がそびえ立ち、異国情緒あふれる建物が立ち並ぶ。周囲には見知らぬ言葉を話す人々が行き交い、服装も日本で見かけるようなものではなく、中世ヨーロッパ風の衣装をまとっていた。市場には異国の食材や品物が並び、街の喧騒が彼女の耳に飛び込んでくる。


「ここは…本当に日本じゃないのね」


セレスティアは戸惑いながらも、すぐに現実を受け入れ始めた。彼女が今いるのは明らかに日本ではなく、何かの理由で異世界に転生してしまったのだ。そして、その転生は彼女にとって決して歓迎されるものではなく、むしろ波乱の幕開けだった。


「でも、どうして…?」


国外追放という理不尽な運命が彼女を待ち受けている中で、セレスティアは自分の新しい人生をどう切り開くべきか考え始めるのだった。


こうして、セレスティアの異世界での物語が始まる——。

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