閑話 カロンと婚約者
「遅い!遅すぎる!!」
金切り声とは正にこのことだ、とカロンは呑気に考えていた。
しかしその小さな影に近づき状況が理解できると、アワアワと慌てふためく。
「トトリッ?なんて顔をしてるんだい!」
金切り声の主、いなカロンの婚約者は真っ赤な顔をして泣いていた。
「ちょっと出かけてくるって言った。4ヶ月はちょっとって言わない!!」
涙を拭うこともせず、流しっぱなしなところに彼女の幼さを感じる。
そんな彼女にどうしていいのか分からず、カロンはポリポリと頬をかく。
「うーん。でもさ何ヶ月かとか言ったら、君絶対許さないだろう?」
「許す許さないじゃないの。きちんと説明してから行ってってことなの!」
アハハと笑いながら、よっと小さな身体を抱え上げる。
「子ども扱いしないでよ」
と言いつつ喜んでいるのが分かるので、カロンはこの跳ねっ返りにめっぽう弱い。
「12歳はまだ子どもでしょ」
むぅっと膨れつらが首を振る。
「13歳よ…婚約者の誕生日さえ忘れるんだから」
ふぐふぐと喘ぎながら玉の涙を浮かべるのを、しまったと冷や汗が流れる。
「忘れてないよ、忘れてない!」
いや、忘れていた…。
『お前は医学以外のことは人並み以下の無頓着ときて、いつかは大きな失敗を侵すぞ』とは親がよく口にしていたことだ。
5歳歳下の婚約者が出来たのも、ひとえに生活に頓着しない息子を案じた家族が独断で決めたことだった。
医者の不養生でお前は早死するだろうから、嫁は歳下が良いだろう、とは大変遺憾な理由だったが。
この歳下の婚約者はカロンに一目惚れだかして、自ら望んで婚約者になったらしい。
ませた子どもだと思っていたのだが…、いやはや今となっては、涙でインクが滲んだ手紙を見て、顔を見たくなるくらいの想いを抱くまでになったのだから、不思議なものだ。
「僕の婚約者様も、会わない間にまた大人に近づいたね」
笑ってごまかすカロンの首に、ぎゅっとしがみつく。
「薬学試験…受かったわ。春からは見習いとして働くこともきまったの」
ガバッとトトリを剥ぎ取ると、脇の下に手を入れ持ち上げる。
「凄いじゃないか!12…13歳で薬学試験に合格なんて、史上最年少だろう!?」
クルクルとトトリを抱え上げたまま回る。
「いやぁ、夫婦で史上最年少で医師と薬師になったって凄いことだよ。最高じゃないか」
「夫婦だなんて!まだ婚約者なのに」
言葉と裏腹に、しっぽがあったら猛烈に振っている様子が目に浮かぶほどの喜びようだ。
「でもそんなに早くに働きに出なくても良いだろう。家の手伝いでも充分じゃないかい?」
トトリは国でも有数の薬を取り扱う商家だ。娘を働かせる必要もないほどの金持ちでもある。
「お父様は、早くから仕事を学ぶに越したことはない、と応援してくれてる」
トトリは前のまりになる。
そして今度は小さな声で、
「私も薬師として経験を積んで、早く1人前になりたいから」
と恥じらう。
カロンは思う。きっとトトリは素晴らしい薬師になるだろう。
彼女の瞳はいつも真っ直ぐで、それは自分の世界に閉じこもる己とは違う。
カロンは研究に夢中になると周りが見えなくなるが、トトリは外に目を向け上を向いて歩いていく。
いつか彼女は気づく時が来るだろう。自分より魅力的な男に。
願わくば彼女が薬師として、女性として独り立ちする時が来たら、笑って見送ってやりたい。
カロンは離れた地にいるアリシアを思い出す。
歳の近い姉のような、友人のような彼女も真っ直ぐな瞳をしていたなと。
「ま、あの人みたく拗らせたくはないけど」
かの人のように、嫁の後ばかり追いかけたくはないものだ。
「さっきから誰の話をしてるの?」
涙がようやく引いた可愛らしい瞳が、自分を見つめている。
「お互い思い合ってるのに不器用な夫婦の話」
まぁ僕は思ったことは口にしちゃうタイプだし、トトリは顔に態度に出ちゃうタイプだから。
「きっと僕らは大丈夫って話しだよ。」
二人が歩む道が分かたれようともね。
「それより今回の旅の話でもしよう。異国には菓子を強請る祭りがあるんだよ…」
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