第34話 執務官の報告

アウグスト・コートレイはアリシアの元婚約者にして主として、またスタリオの友として詮議を見届けた。

スタリオから義理の母との歪な関係をきかされたのは、貴族学校も卒業してからのことだった。

学生時代は高い塀に囲まれた寮に守られていたが、卒業後は公爵家所有の別邸暮らしで夫人の来訪を防げなかったのだろう。

顔を合わせる度に顔色の悪さが目に止まり、なれない仕事のせいかとは思いつつ、思い詰めた様子に無理やり聞き出し原因が判明した。

アウグストの想像を超えたスタリオの苦悩に、バーネット公爵家が抱える闇は根深く、簡単に解決できるものではないことを知った。


妹を託された時、アリシアと結婚し公爵家から距離を取れば、助けることが出来るだろうかと考えていた。


妄執に囚われ義息への不毛な恋情を抱いている、それだけではアウグストが友を助けれる手は限られていた。

しかし裁きの場に立たされたバーネット公爵夫人の暴かれていく罪の数々に、それが如何に悠長に構えていたことだたったか、我が身の愚鈍さを知らしめられることになった。


バーネット公爵夫人は公爵家に取り入るため、父親と結託し前公爵夫人へ毒を摂取させた。

産後で弱った身体で毒に耐えれなかった公爵夫人は亡くなった。

そして幼いアリシアへは不審に思われないよう、微量な毒を長年摂取させられてきた。

そこまでは公爵夫人の父親も関与してきたが、公爵が宰相を退いたことを機に夫人は独断で夫にも手を掛けるようになっていた。

直接口にする毒に比べると効果は低いが、それでも毒素を呼吸から摂取し続けることは死に繋がることになっただろう。

公爵夫人は続ける、公爵亡き後はスタリオが家督を継いで、自身は実質妻として振る舞う手筈だったと。

法的に結婚することは無理でも、新公爵とは内縁の夫婦関係になれるだろうと語る。

それこそ夢見がちな少女が語る夢物語さながら、到底現実味のない話だ。


妻の裏切りを知った公爵はその場に崩れ落ち、スタリオはただ憎しみの眼を夫人へ送っていた。


主犯という意味では公爵夫人の父に責があるように思えたが、現行は公爵夫人の手によるもの、結果どちらも死罪は免れず、またそのような妻の行動を知らなかったでは済まされない立場の公爵の罪も軽くはなかった。

公爵は爵位と領土を没収、スタリオはしばらくは代理として始末に追われることになるが、身分は平民に落とされた。

現王が身分に関係なく官僚を据えているので、文官としては残されるだろうが…宰相補佐官として残れるかは微妙なところだ。

唯一詮議の場に不在だったセザンヌも、貴族位は剥奪されたのだが本人が行方不明のため通達できないままになっている。


この件でバーネット公爵家は取り潰されたわけだが、アリシアの母方の侯爵家から王妃の後ろ盾になるとの知らせが届いた。

これまで絶たれていた侯爵家との繋がりも、また持てるだろう。


これにより政治的にも貴族派はさらに勢力を削がれ、王妃も貴族派と切り離されることになった。


「これが此度の裁きの顛末にございます」

あの後体調を崩し寝込んでいたアリシアは、アウグストからの報告を横になったまま聞いていた。

「お兄様の様子はどう?」

「スタリオは、むしろ夫人…元夫人に今後脅かされることがなくなって安堵しているように感じます。内心は計り知れませんが…」


「アリーは…大丈夫かい?」

そっとアリシアの手を握る。

後ろに控えているミーナは何も言わず、冷めたお茶を入れ直す。

「正直大丈夫とは言えないわ…。ある程度は覚悟できていたけれど、なぜ夫人が私を害そうとしてきたか…それは分からなかったし、分かったとて到底理解できることではなかったから」

アリシアは前世の死が、自分とは関係のない偏愛からもたらされたとは、気持ち的に受け入れられなかった。

「お兄様は被害者でしかないけれど、それでもお兄様とどう接していいか…わたくしには分からない」

「公爵へは何か思うことはあるかい?あの方は毒殺に関与してなかったようだから…」

「公爵への気持ちはね、もう簡単なの。毒に関与してないことは救いではあるのだけれど、それ以前に夫人を無理やり公爵家へ迎え入れたり、夫人がわたくしを叱責するのに加担したりと、父親としての信頼は残ってない」

前世も病床の娘へ僅かも興味がないのだと恨む気持ちもあったけれど、自分が亡き後は公爵も夫人の手により悲惨な最期を迎えていただろうことを考えたら溜飲が下がる。

「結局、公爵は夫人の心を手に入れることは出来ず、地位も家族も失った。それが全てで、わたくしが今後あの方と関わることはないでしょう」

酷い娘かしら、との呟きにだけ、アウグストは首を振った。

「今後は公爵家というから解放され、心穏やかに過ごされて下さい」

そう微笑むアウグストが胸元から一通の手紙を差し出す。

「母から預かりました。こちらが僥倖になります事を、と言付かっております」

渡された手紙をアリシアは裏返す。

『大公』の文字を指先でなぞる。




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