第32話 裁きの始まり

「このような無礼、間違いだったと後で謝罪しても遅いのだからな」

 バーネット公爵は前後を兵に囲まれながら入室した。

 王と王妃が並ぶ玉座の間、式典や祭典が開かれる場は華やかな祝いの席と異なり重苦しい空気に包まれていた。

 デュークレア宰相率いる官僚数名に、見知った顔も見られた。

 壇上から見下ろすアリシアには、これから始まるであろうことへの言い知れぬ恐怖と闘っていた。

 横に座るレイスを伺うも、その顔は厳しく唇は固く結ばれていて声を掛けれる雰囲気ではなかった。


 後ろ手を縄に括られ床に座らせられている中に、バーネット公爵夫人がいる。

 壇上のアリシアを睨みつけている姿は、普段自信に満ち溢れ堂々とした姿とはかけ離れていた。

 公爵夫人の父、アリシアは全く交流がなかったが、セザンヌを可愛がる姿をみていた義理の祖父の姿もあった。

 その数10名余りが今回の『王妃暗殺未遂』に関わっているとして集められた捕縛者たちだ。

 バーネット公爵の横にはスタリオが立っており、セザンヌの姿は何故か見当たらない。


 聴衆として呼ばれた高位貴族と官は離れた後方に立ち会っている。

 厳重な警備が敷かれ、どれほど大掛かりな審判が開かれるのかと、皆固唾をのんで今か今かと待ち構えているのが伝わってくる。


「うっ…」

 込み上げてくる吐き気をハンカチで抑える。

「アリシア!」

 レイスは立ち上がりアリシアの前に膝を折ると「医師を!」と段下に控えていたミハエルたちを呼ぶ。

「気分が悪いのか?横になるか?」

 駆け上がるミハエルたちを待たず、アリシアの腰に手を差し入れ抱きあげようとしたレイスの肩にそっと手を当てる。

「このままで…、わたくしも見届けたいのです」

「私が無理と判断したら抱えて出るからな」

 アリシア額に浮かぶ脂汗を苦しげに見下ろし、乱れた前髪を指先で耳に掛ける。

「くれぐれも無理だけはしないでくれ」

 吐き出された声はアリシアの耳元を掠める。


「これより王妃暗殺を企てたとされる者の名を挙げる。呼ばれた者は前に出るように」

 縄を引かれ立ち上がる面々は、恐怖に震える者、縄を引き返し足掻く者、それぞれ違った面持をしていた。

 中でもバーネット公爵夫人は「無礼にもほどがあるわよ!まかりなりにも母をこのように縛り付けるなど、アリシアあなたどういうつもりなの!」

 際限なく投げかけられる甲高い声に、同じく並ぶ捕縛者たちでさえ呆気に取られている。

「アリシア!」

『黙れ!黙らねば、舌を切り落とす』

 空気が震えるほど大きく低い声が公爵夫人の声を遮った。

「アリシアだと?そなたは誰に向かってその名を口にしている。我が妻を愚弄するかッ」

 バーネット公爵夫人は血の気を失った唇を戦慄かせ「あなた」と公爵の方へ視線を泳がせ助けを求める。

 公爵は1歩前に乗り出し、横のスタリオがサッと顔を伏せたことには気づいてはいない。


「ミリアーノ・バーネット、前へ」







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