閑話 医師と医師

「ですから、こちらの薬は体力面を考慮して後に回しても良いのではありませんか?」

「何言ってるんですか?薬に後回しも前倒しもないでしょ!今、使った方が治りが早い!だから使うべきだって」

 年齢も性格も全く異なる医師2人が、今のアリシアの主治医だった。


 ミハエルが患者想いの医師だということは折り紙つきだけれど、カロンはカロンで治療には並々ならない意欲がある医師だと分かった。

「そもそも、この病は薬を投与すればするだけ効果があるんですから。体調がー、食欲がーって飲まさない方が治らないのに、何を迷うんです?」

 アリシアにしてみれば、どちらも良き医師なのだが、どうもこの2人は気質が異なるようでよく衝突している。

「副作用がでるような強い薬は、弱った身体を更に弱らせるだけです。この方は我が国の尊い身体なのです。慎重になされてください」

 ミハエルが脈を取るためにアリシアの腕を持つ。

「尊くなんてないわ。王妃とはいえ変えなんて幾らでもきくわ」

 自嘲するアリシアの肩をカロンが叩く。

「王妃の変わりはいても、あなたの変わりはいないでしょ?」

「肩を叩くなど無礼ですよ。…でもその意見には一理ありますね。私はむしろ簡単に変えができてしまうような、王妃をそのような存在にさせてしまう、周りがいけないのだと思います」

 ミハエルはカロンの手を払い、アリシアの手をそっと下げた。

「どのような経緯があろうとも、国母として迎えた限り敬い尊ぶべきなのです。この方が背負う重責には、それだけしても余りある」

 かつて同じような言葉をミハエルが口にしていたな、と思い出す。

 その言葉はレイスに向けての苛立ちを含んでいたけれど。


「わたくしは王妃ではなくアリシアとして大切にされたかったわ」

 心情を吐露するアリシアを二人は神妙な面持ちで見守る。

「あなたは大切にされてませんか?」

 カロンの問いに頷くことも、首をふることもできなかった。

「侯爵令嬢としては、どうでしょう。衣食住は与えられていましたしね、傍から見れば大切にされていたのでしょう」

「殿下はそうは思っていないのですか?」

 ミハエルの質問に僅かに頷く。

「家族は…わたくしが死んでも哀しみを抱くことはないでしょう」

 実際毒を盛られるくらいなのだから。

「仕えてくれる者の方が、心から涙を流してくれるでしょうね」

「それのどこがダメなんです?誰かが自分のことを想ってくれる、それだけでいいじゃないですか。必ずしも家族がいて、支え合い思い合えるとは限らないですしね」

 カロンは慰めるでもなく、思ったまま口にしているようだった。

「人は簡単に、愛されたくば愛さなければならないとか、孤独を愛して生きろとか、都合のいいことを口にしますがね。誰かに思われてなきゃ、幸せじゃないなんて、そんなことないんじゃないですか」

 カロンは診察用のカバンに手を置き、愛おしそうに撫でる。

「したいことをして幸せな人間だっている。孤独とか不幸せだとか他人に判断されたくはないですよ」

 ミハエルは「若いですね」と馬鹿にするでもなく、それこそ自嘲するかのように笑う。

「王妃殿下がどうされたいか、それに尽きると思いますよ。大切にされたいと願い、どうなさるか。それとも自分で自分を大切になさりたいのか。王妃として出来ること、王妃として出来ないこと、それを考えるに殿下の時間はこれから幾らでもあるのですから」

 アリシアは2人の言葉の意味を考えていた。

 そして思う。

(今のわたくしには考える時間があるのだわ)

「ありがとう、あなたたちは凄いわね」

 アリシアは微笑む。

「医師は病気を治すだけじゃないのね」





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