閑話 イタズラ祭り【ハロウィン特別回】

「ハロールウィンナイさい?」

 診察を終えたカロンに、ミーナはお茶を差し出す。

「今日はハロウィンと呼ばれ親しまれている、年に一度のお祭りなのです」

 ソファに腰を下ろしたカロンは、きれいに並べられた菓子を手に取る。

「へぇ〜。豊穣祭か何かですかぁ?」

 口に頬張ったクッキーがポロポロと行儀悪く零れ、アリシアがハンカチを渡しながら答える。

「今日はね、年に一度の『イタズラをしても許される日』なの」

「お嬢様っ!」

 ミーナの咎める声にそしらぬ振りをして、アリシアは続ける。

「今日したイタズラは無罪放免、誰が何しても許されるのよ」

「えぇッ!それって盗みとか起きませんか?」

 カロンの後ろでワタワタした視線を送るミーナを無視して、「もちろん犯罪はダメよ!人の体を傷つけたりもね。あくまでイタズラで済むような内容で」

 フフフッとアリシアは不敵に笑う。

「わたくしも誰に仕掛けようかと楽しみにしていたのよ」

「それはいいですね、ワクワクしてきましたよ!」

 カロンも乗り気になって、アリシアと悪巧みに花を咲かせている。

「もぅ、どうなっても知りませんからね」

 ミーナの深いため息を聞くものはなく、ハロウィンもといイタズラ祭りの幕が上がったのだった。


「うわぁ〜!!」

 医務室から男の悲鳴が上がる。

「誰です!こんなところへカエルを入れたのは!?」

 手始めに被害を受けたのはミハエルで、彼の机の引き出しには色鮮やかなアマガエルが鎮座していた。

「フフフッ」

 アリシアが笑い声を上げ、カロンが「イタズラ成功〜」と囃し立てる。

「か、カロン殿?王妃殿下まで何を」

「あれ、ミハエル様も知らないので?今日はハロウィンでしょ、イタズラしていい日の」

 腹を抱えて笑うカロンの指摘にミハエルは呆気に取られ「はい?」とひと言、アリシアはサッとカロンの腕を引くと「次よ、次!」と颯爽と逃げ去っていった。

 その後はミーナが「申し訳ございません、申し訳ございません」と頭を下げながら扉を閉めていく。


 次なるターゲットはハンス執務長官率いる執務官たちの執務室。

 パンパンパンとけたたましい爆発音と共に投げ込まれたのは火薬玉。

「なんだ!襲撃かッ」

「ひぇ〜!逃げろー」

 阿鼻叫喚の大騒ぎに、耳を塞ぎながら登場した他国の医師にみな呆然、「気でも狂いましたか!」とハンスだけが冷静に声を張り上げている。

「いいわよ!カロン」

 アリシアは上機嫌でカロンの肩を叩く。

「みなさん、ハロウィンですからお許しを〜」

 カロンの締まりのない笑い混じりの謝罪に「はぁ?」と苛立ち混じりの声が上がる。

「さあさ、次よ、次!」

残されたのは、万が一の時に備え水桶を手に「申し訳ございません」と頭を下げるミーナだった。


 この日、城のあちこちから悲鳴が上がったことはハロウィンの珍事として、後々まで語り継がれることとなった。


「さすがに陛下には出来ませんよ」

「なにを怖気付いているの!今日だけは無礼講よ」

 レイス不在の執務室に忍び込み、執務机の足元でヒソヒソ囁き合うアリシアとカロン。

 カエルをまたも仕込むようアリシアに命じられたカロンが渋るので、アリシアが無理やり机までカロンを引っ張って行ったのだ。

「駄目ですって」

「いいから、大丈夫よっ」

 もみ合う2人の間をカエルがすり抜けて行く。

「アッ!」

 慌てて捕まえようとしたカロンがアリシアを押し倒した瞬間、ガチャリと執務室の扉が開く。

 カロンに押し倒されたアリシアが、天地逆さの視界に捉えたのはノブを手に固まるレイスの姿だった。

「な、なにをしている」

 クワッと見開かれた瞳、みるみる間に真っ赤に染まる顔。

 タタタタッと小気味よい足音を響かせ駆け寄るレイスに、むんずと胸ぐらを掴まれ突き飛ばされるカロン。

「ヒッ、誤解!誤解です、陛下ァァァ!!」

 派手に床に腰を打ち付けたカロンが涙ながらに平身低頭、頭を打ち付ける勢いで頭を下げる。


「アリシア!」

 レイスはアリシアを抱え上げ、その顔を確認する。

「大丈夫か」

 覗き込む必死の形相のレイスに頷こうとしたアリシアより先に「ケロッ」と返事が上がる。

 レイスとアリシアの間、正確にはアリシアのお腹の上にアマガエルがちょこんと乗っていた。

「は?」

 驚いたレイスがアリシアを落とさなかったことは奇跡だった。

 アリシアも幼い頃から庭師に引っ付いて遊んでいたので、アマガエルくらいで驚きはしなかった。


「ふふっ」

 アリシアの体が揺れる。

「ア、アリシア?」

 揺れに耐えきれずバランスを崩しかけ、咄嗟にレイスの首に腕を回したアリシアを驚きながらもレイスは強く抱き締めた。

 図らずとも、アリシアからそのような真似をされたのは初めてのことだった。

 困惑と歓喜に襲われるレイスがことの顛末を理解するのは、「申し訳ございません!」と声を上げながらミーナが駆けつけてからのこと。


「そもそもこの祭りは、子供が菓子をくれなければイタズラするぞ!と菓子を貰って回る行事だ。実際にイタズラをして回るなど聞いたこともない!」

 項垂れるカロンは「だって、王妃様が」としれっとお茶をすするアリシアに助けを求める。


「まぁ、陛下。カロンは我が国に来て間もないわけです。聞き間違いもありましょうし、何より子どもと変わらない年頃ですので責めるのは如何なものかと」

(裏切り者!)とアリシアに強い視線を送ったのが、カロン1人ではなかったことだけは救いだった。


 カロンとアリシアの元に大量のお菓子が届けられたとともに、毎年お菓子付きでイタズラ禁止令が出されたのは言うまでもない。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る