第28話 疑惑の招集

 アリシアが呼ばれたのは、王城と同じ敷地に立てられた政務塔。

 城からの移動は回廊1本で繋がっているのだが、その間には兵が厳重に配置され自由に行き来は出来ないようになっていた。


 すれ違う官の視線が痛い。

 ここが政治の中心で、反貴族派が多く在籍しているからもある…のだが、この視線は前世のような侮蔑や軽蔑のような悪意あるものとも少し違って感じられた。


「レイス…、目立っているわ」

 アリシアの戸惑いには我関さずで、とても近い場所からレイスが「構わぬ」とひと言だけ。

「1人で歩けます」

 アリシアが肘でおすもレイスの体はビクともしない。


「おい、あれ」

 ヒソヒソと官が囁き会う姿を横目に、レイスはすました顔でアリシアの腰に回した手はそのままに、反対側の手でアリシアの手を握った。

 腕に手をかけるエスコートならまだしも、ダンスのホールドほど密接することには慣れていない。

 長身のレイスに身体全体を包み込まれるようにガードされ、アリシアはただ前を向いて歩みを進めることしかできなかった。

 あからさまな寵愛アピールに官の戸惑いは尤もだ。

「れ、レイス!」

 講義の声も、更に腰を引き寄せられて終わる。


「これはこれは仲睦まじいようで何よりにございます」

 円卓が置かれた部屋に入るなり、満面の笑顔に出迎えられる。

「宰相、不必要な発言は控えよ」

 レイスの冷ややかな視線にも笑みは崩れない。

 宰相ことロテス・デュークレア侯爵。

 前宰相バーネット公爵と同じく高位貴族でありながら、新体制となり反貴族派の増えた塔内をまとめあげる辣腕には高い評価を得ている。

 父の言からは、デュークレア侯爵は鼻持ちならない胡散臭い人間だという印象を受けていたが、実際会ってみるとそれも納得だった。

 感情を表に出すことを良しとしない父とは正反対で、さぞ馬が合わなかったことだろう。


「ご無沙汰しております、デュークレア宰相」

 輿入れ後の挨拶ぶり、前世でもこの御仁と接点はほぼなかった。

 水と油のように反発しあう派閥、その筆頭が王と王妃だった。

 アリシアは対外的な場にはお飾り程度にしか顔を出すことが許されなかった。

 徹底的に貴族派の官と接点を持たせないよう采配したのがデュークレア宰相であり、40歳の若さで国政の長を任されているのも実力があってのことだろう。


「この度の件、誠に遺憾の極みにございます。我が部下の関与も否定できないとのことで、私もこの場に同席させて頂くべく馳せ参じました」

 折り目正しい挨拶で腰は低いが、その眼光は鋭い。


 部屋を改めて見渡すと、兄スタリオとアウグスト、そしてあの女性官僚の姿があった。


「この集まりは一体…」

 アリシアは何も聞かされてなかった。

「査問会をこれから開く。対象はバーネット小公爵…、そなたの兄だ」

「お兄様?」

 スタリオの表情は固い。


 レイスのエスコートはアリシアが席に着くまで続き、

「具合が悪くなったら直ぐに声を掛けなさい」

 座ったアリシアの肩に手を乗せそう告げた姿に、周囲の視線が痛い。

 特にあの女性官僚の方を向くのは避けた。

 俯き眺めるでもく視線を卓上に下ろし開始を待つ。


 なんと女性官僚は進行役だったようで、査問の開始を告げたのは彼女だった。

「バーネット宰相補佐官、貴殿の元にバーネット公爵夫人が足繁く通っていたという証言が取れたのですが、その要件内容をお話し頂けますでしょうか?」

「スタリオ…」

 アウグストは隣に座っているスタリオを気遣う。

 スタリオの手が膝の上で固く握られ、口を開こうとしては閉じて、その姿に話したくない何かがあるのは明白だった。


「言い難いようならコートレイ執務官、貴公に尋ねよう」

 レイスの声はよく通り、相手に有無を言わさぬ威圧感を与えた。

「先日、コートレイ伯爵夫人主催の茶会で王妃とバーネット公爵夫人が顔を合わせた際、貴公はコートレイ家の侍従により知らせを受け、宰相補佐官を呼びに行ったことは事実か」

 驚いたのはアウグストだけではない、アリシアもレイスが全てを把握していたことを知る。

「左様にございます。母から招待していない公爵夫人が茶会に参加していると知らされ、スタリオに伝えるべく向かいました」


「なぜ宰相補佐官に伝えるのだ?バーネット公爵家の人間で頻繁に会うほど仲の良い親子、呼ぶ相手としては王妃の助けになるとは思えないのだが?」

「仲など良くはございません!」

 突然立ち上がったスタリオは、我慢ならないと声を荒らげた。

「あの女がアリシアを虐げていたことは知っています。ですが…まさか毒を盛っていたとまでは知らなかった」

「毒のことは誰から聴いたのだ?宰相が話したのか?」

 レイスの問いに「私は何も」と宰相は否定する。


「私が話しました。毒について誰かから聞いた訳ではございません。エストランドから来た医師や王妃殿下の症状から病を推定し、暗殺未遂犯の捕縛から確信を得て、毒を盛られたのではないか、と彼にそのことを伝えていました」

 アウグストは冷静だった。

 自身の発言にも、動揺は感じられず淡々と事実を話しているように見える。


「ではコートレイ執務官、答えよ。なぜ毒の件を宰相補佐官…バーネット小公爵に話したのだ。彼も容疑者の1人とは考えなかったのか?」

 アウグストはチラリとスタリオを見つめ、静かに息を吐くと「すまない、スタリオ」と呟き、

「それはないと判断しました。彼が王妃殿下を害す理由はありません。むしろ違った意味でバーネット公爵夫人の被害者なのです」

「被害者とは?公爵夫人は足繁く通うほど息子を想っていたのだろう」


「息子を案じて来ていたのではないのです」

 重い口を開いたスタリオにレイスは再度訊ねる。

「ならば貴公と公爵夫人の仲について説明せよ!」


「あれは毒婦にございます。血の繋がりはないとはいえ、息子に懸想する母がおりましょうか」

 ヒュッとアリシアの喉が気味の悪い音を立てた。

「あの女は貴族学校に入る前、まだ13歳の私の褥に潜り込んでくるようなおぞましい人間なのです」

「無理やりされたのかね」

 デュークレア宰相の確認にスタリオは首を振る。

「助けを求めに父の元へ駆けつけました。しかし父は母が酔って入るベッドを間違えたのだ、という主張を信じ取り合わず、むしろ私を別宅に移させ公爵家から遠ざけました」

 家に寄り付かなかったのでは無く、帰れなかった事実をアリシアは知る。

「以降もあの女は、些末な用事を理由に私に会おうとしてきました」

 一旦息をつくと首を振り、冷静さを取り戻すかのように真っ直ぐ前を向いた。


「母と妹の病が毒によるものだとしたら、犯人はあの女…バーネット公爵夫人ミリアーノしか考えられません。自分に毒が使われなかった理由も、それなら理解できます。そして暴走するあの女を引き付けられるのは私だと、アウグストが判断した理由は以上にございます」


「なら被害者はスタリオの母君と王妃殿下だけと限らないかもしれないね」

「いまの情報から犯人が公爵夫人と仮定すると、バーネット公爵は果たしてどちら側なのか…」

 デュークレア宰相とレイスが膝をを突き合せる。

「ブラント執務官、公爵夫人の捕縛を命じる。公爵邸に兵を向かわせろ」

 そう呼ばれた女性官僚が頷く。

「茶会に夫人が持ち込んだ菓子の鑑定結果と、この査問での証言と合わせバーネット公爵夫人を捕縛致します」

「菓子…」

 アリシアの呟きに、ブラントの目がアリシアに合わさる。

 あの時の光景が脳裏に蘇るも、その顔は娼婦のような艶めいたものではなく官として凛としたものだった。

「はい。夫人が自身で手作りを公言されていた菓子にございます。検査の結果、王妃殿下に使われた毒と同じものが検出されました」


「なるほど公爵夫人の罪は確定していたんだね。あとはスタリオが協力者かどうか調べたというわけか」

 宰相は乾いた笑いを立て、

「それじゃあバーネット公爵は私に任せて貰おうかな。あれでも、古い知己でね扱い方は心得ているよ」

 デュークレア宰相は席を立ち、 横のレイスを伺うと行けと手を払われていた。


「さあ、用事は済んだ。スタリオとコートレイ君はもう執務に戻らせて構わないかな?」

「ああ、沙汰は追って知らせる」


 三人が退出すると、残されたのはアリシアとレイスと、くだんのブラント執務官になった。








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