第29話 王に仕える者

「アリシアに話しておきたいことがある」

 レイスはアリシアの座っている椅子ごと、レイスの座っている椅子と向き合わせた。

 そして両手でアリシアの手を握る。

「これからの会話には、嘘偽りがないことを誓う」


「ブラント執務官、そなたは何者で私との関係は何かアリシアに説明せよ」

「仰せのままに」

 つかつかと淀みなく足を進めたブラントは、王と王妃が座る椅子の前に片膝をついて腰を下ろした。

 その様は執務官というより、騎士の誓いのように感じた。

「サーシャ・ブラントにございます。関係は主従関係で、私がお仕えさせて頂く立場にございます。現任務では陛下つきの執務官で、任務ごとに変わるため正式な役職などはございません。ただ職務としてご説明できるのは、私は王直属の諜報官を任されております」

 ブラントがアリシアを見つめる目には何も感情を表してはいかかった。それはレイスに向ける目にもそう。

「諜報が主なため、執務室で密会しているように見られることもあるかと思われますが、誓ってそのようなことはございません。…あと私事で恐縮ですが、夫がおり同じく諜報の任に就いております」

 先日顔を合わせた際のことを言っているのだろう。

 今の彼女の弁が嘘だとは思わない。それほどまでに彼女は、今まさに目の前で職務に忠実な女性官僚を演じきっていた。


 なら前世のあれは?

 演技だった?


「ブラント含め王直下の諜報官が数人かいる。存在こそ宰相も知っているが、誰が諜報官かを知り命じられるのは王のみだ。それは先代でもそうだった」

 安心させようとして、レイスが繋いだ手を離さなかったことは理解した。


「ブラント執務官、貴女に訊ねます。もしレイスが命じたら、さも本当の恋人のように振る舞うことはできますか?」

 僅かに目を開いたブラントは「もちろんにございます。それが命であれば、従うに異論はございません」

 レイスの握る手が強くなる。

「…貴方は罪深い人ですね」

 その言葉はレイスの胸に深く突き刺さった。


 前世、なぜあれほど非道な真似が出来たのだろうと、死の間際まで憎しみ責めた。

 その原因のひとつが、その存在が諜報官で命に従って演じていたと知って、喜ばしい?安堵する?

 そう片付けれると楽になる?

 誰が?


 もし妾が偽りだと告白するなら、今まさにしたような機会を持つことなど、前世でも出来ただろう。


 つまり死の床に付した妻を前にしても、この夫は嘘を付き通したのだ。


 その真実がアリシアを苦しめる。

 愛妾はいなかった、そこにあったのは偽り。



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