第30話 王の苦悩【終わりから始まりへ】

 贖罪とは何だ。

 犯した罪の償いなど、己が楽になりたいだけの自己満足なのではないか。

 彼女を失って幾日経っただろう。

 昼間は良い、王としての執務があるから。

 何も考えなくとも優秀な部下がいて、自分はサインをしていればいいのだから。

 からくり人形のように日々は過ぎていく。


 ただ夜は駄目だ。

 彼女に会いたいと足が自然と霊廟に向かう。

 霊廟の鍵は肌身離さず持ち歩いた。

 この鍵を盗もうとする者がいる。いや、霊廟から彼女を連れ出そうと画策しているのだ。

 アリシアを守らなければ。


 ~~

 バーネット公爵が亡くなった。

 羨ましいことだ、死者の世界で娘に会えるのだから喜ばしいことだろう。

 そういえば弟の婚約が決まったらしい。

 相手は隣国の王女とか、そのまま隣国に婿入りすると貴族派が騒ぎ立てていた。

 されたのが報告だけで、何故こうなったのかは分からない。最近では部下さえ自分に声を掛けてこない。


 ~~

 奪われた!

 大切な我が妻を墓から奪い去った、あの男。

 探さねば、絶対に連れ戻さねば。

「陛下、冷静になられてください」

 赤い髪が目に飛び込んでくる。記憶にある声より低いことに気づく。

「シュタインか?」

 ついこの間まで侍女におぶわれていた息子は、母親の背丈ほどにまで成長していた。

「母上の安置されている場所は分かっております」

「なんだと?それはどこだ!連れ戻さなければ!」

 シュタインに縋り付くレイスの腕は細く、かつての面影はない。

「連れ戻す…それは母上の望みですか?母上は父上の傍で眠りたいと望んでいたのですか?」

 シュタインの紫色の瞳は、哀れみと、抑えきれない怒りを滲ませていた。

「そ…それは」

(なぜ其方も私を責めるのだ。彼女と似た顔で)

「ミハエルは母上の望む場所に、母上を眠らせてくれました。本来なら父上、貴方がその望みを叶えるべきだったのに」

 淡い瞳に光るものが見えて、ガクリと肩から力が抜けていく。

 彼女はきっと怒るだろう、息子を泣かせるなと…。


「シュタインよ、父の願いを聴いてはくれぬか。母の墓を暴いたりはせぬ、だからせめて…」


 ~~

 あの時の約束を、シュタインは果たしてくれたのだろうか。

 それから3年ほど経ち、シュタインの成人の儀を見届けた後、前世の自分は死んだ。

 死した後に彼女の傍に行けることを願い、死を待ち続けた数年は苦しくも平坦な時間だった。


 アリシアの死が人為的な殺意からだと知り、怒りに支配されたが、自分にその資格があるのだろうか。


 もし彼女の死が前世で回避できたとして、彼女は幸せだったろうか。


 回帰して最初にしたことは、生きている彼女を確認することだった。

 配下に命じて彼女が屋敷から出かける日を探らせ、物陰からその姿を目に焼きつけるかのように注視した。

 まだ元気な頃、いや正確には自由に身体を動かせていただけで既に病に蝕まれていたわけなのだが…、その姿の美しさに視線が釘付けになった。

 あまりの美しくしさに、胸が踊った。

 彼女と再び結婚できるのだと思うと、歓喜に震えた。


 しかし彼女と離れ、城に戻るとあの長い夜が脳裏に浮かんだ。

 彼女を死に追いやった、あの贖罪の日々が、また始まるようで眠るのが怖かった。


 そして知る、贖罪は始まったばかりなのだと。

 彼女が生きている今、罪を償わなくてはならない。

 我が命をもってしても、彼女を死から遠ざけなければならない。

 それこそが己が指名なのだ。






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