第24話 外の世界
「楽しそうで何よりです」
今回のサロンは、コートレイ伯爵家が所有する商会の一室だった。
夫人の
「アウグスト様のお母様には感謝申し上げるわ。無茶なお願いを聞いて頂いただけでなく、こうしてサロンまで開いてくださるなんて、わたくしは貴方の婚約者だったという関係だけなのに…」
部屋にはミーナの姿はない。
異性と2人きりになるな、というレイスの一方的な指示に従うつもりはなかった。
アウグストと2人きりで婚約者時代に戻った気持ちになるかとも思ったが、実際はそのようなことにはならず、古い知己と過ごすような心穏やかな時間が2人の間には流れていた。
「それだけではないと思いますよ。アリーのこと心配で放っておけなかったのでしょう」
アウグストは今回の暗殺未遂事件を受けて、アリシアと接近禁止を命じられている。
なので官服ではなく、市井にに紛れるよう商人の扮装をしていた。
「この国の政略結婚を良くは思っていなかった母ですが、公爵家でのアリーを見て感じるところがあったのでしょう、妻となるアリーを心から理解し助けられる夫になりなさいと、僕によく言ってましたから」
アウグストの声は優しく耳に心地よい。
「貴方と結婚していたら、優しい家庭が築けたでしょうね」
口から出る言葉は素直な気持ちだった。
「お母様に紹介されたご婦人の話を聴いていると、政略結婚だから愛がないとは限らないのだと教えられたわ。最初は小さな種なの、硬い殻に包まれた…それを畑に植えて水を上げて、肥料を撒いて、芽吹いた苗は強い日差しにさらされたり、風雨になぎ倒されそうになりながら実を付ける、夫婦もそう。結婚してから育み育てる愛もあるのね」
アウグストは静かに頷いた。
「貴族に生まれたからには結婚は義務だと貴族子女は教わるからね。僕は恋愛結婚をした両親を見て育ったから、義務感だけの結婚はするつもりはなかったけれど。それはアリーに対しても思っていたよ」
ふふっとアリシアは笑う。
「でも婚約解消を留めるほどの強い気持ちではなかったのよね」
アウグストが顔を曇らせのを見て、アリシアは否定する。
「責めているのではないのよ。わたくしたちにあった感情はとても小さく、それこそまだ芽吹いていない種のようなものだったのよ。育てる前に土から出されたようなもの。だから喩え婚約が解消されても問題はなかったのだわ」
「今のアリーにその種は育っている?」
「正直分からないわ。ただ今の状況から逃げ出したくて、殻に閉じこもっているのかもしれない」
「それは逃げたら実を結ぶことなのかな?」
コートレイ伯爵夫人から、何か聴いているのかもしれない。
そう感じながらも、アウグストの問は純粋な気持ちからだと信じてアリシアは素直に答える。
「…結ばないわね。きっと逃げ出して、全てを無かったことにしようとしても、この殻を破れるとは思えない」
「答えはアリーの中にある。大丈夫、今の君ならきっと固く閉ざした殻でも破ることが出来るよ」
ふと思った、アウグストの言葉こそ、親しい身内から言って欲しかった言葉だったなと。
帰路につく馬車の中、アリシアは王都の風景を眺めていた。
思えば記憶の中にある景色は、公爵家と城の中だけ。
今世でもそう。アリシアの世界にはこの2つしかなかった。
学校へ行きたいと考えたこともあるけれど、
「お前のような行儀作法も知らぬ者が入れば、公爵家が恥をかく」
そう言われれば諦めざるを得なかった。
それは城で暮らしだしてからもそう、素行の悪い王妃は恥だ、外に出すな、有り体に言われた訳ではないけれど、そういう意味で外界と隔てられていることは理解していた。
そう理解した上で、自ら外に出たいとは口にしなかった。
何かと僅かにも望めばそれが我儘と解釈され、結果何も得られやしないと思ったから。
いつしか口にすることさえ諦め、禁忌と考えるようになっていった。
でも、もしかしたら未来は変えれるかもしれない。
もっと人と会話して、知らなかった世界を知って、そうしたら逃げ出すのではない未来が見つかるかもしれない。
そう思ったのは回帰したからだ。
死に戻り、人生を再び歩み出す機会を得たのだから…選ばなかった選択を選んでみたくなった。
選ばなかった未来を見てみたくなったのだ。
いつもどこか遠くの世界に見えた窓の外、今は自分もこの世界の一部なのだと感じられた。
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