第23話 秘密のお茶会

 妙な噂が貴族夫人の間に広まっていた。

 輿入れして間もない王妃の噂なのだが、悪評とはまた違って、具体的な内容が上がらない実に奇妙な噂なのだ。


『王妃がサロンを開いているらしい』

「サロン?今は貴族の入城が制限されている中で、お茶会を開けるような状態なの?」

「それが城で開催ではないらしいの。場所は呼ばれた方しか分からなくて、どのような集まりかは分からないらしいの」

「意味が分からないわ。サロンなのでしょう?ただのお茶会とは違うのかしら」

「だって呼ばれた方が誰かなのかも分からないもの、どのような話があったのかも誰も知らないのよ」



「今回お呼びしたのはメリル子爵夫人です」

 コートレイ伯爵夫人の紹介で会う夫人は、これで3人目になる。

 老齢に差し掛かるメリル夫人は、ふた周り年上の子爵を先日見送ったばかりの未亡人だ。

 しかしその顔に悲壮感はなく、むしろ清々しいまでに生き生きとした表情でアリシアに笑い掛けた。


「これはこれは王妃殿下、わたくしのような年寄りに何かお尋ねになりたいと?」

年寄りと口にしてはいても、真っ直ぐな背筋は貴婦人そのもの、実に気品漂わせる女性だった。

「不躾な質問になるのですが、此度はわたくしに夫婦についてのこと、ご教授願えないかしら」

メリル夫人はアリシアの言葉に静かに頷き「御心のままに」と囁くように言った。


「正妻を持たなかった理由が、女遊びが出来なくなるからと?」

 つい口調が荒くなってしまうアリシアを咎める人はいない。

「そうなのです。酷いでしょう?」

 メリル子爵夫人は扇子で口もを隠しながら話す。

 その仕草は貴婦人らしくて、内容の卑劣さが尚更際立つ。

「それでも子どもは結婚前で既に5人もいたのです。しかも母親はみな違っていて、呆れて開いた口も塞がらないとはこのことでしたわ」

 笑い話にしていても、その頃の苦い想いは声に表情に僅かに混ざる。

「それでも結婚を承諾したのは、政略結婚だったからなのでしょう?」

 会話は基本アリシアとメリル子爵夫人とで往復され、コートレイ伯爵夫人は相槌くらいしか参加しなかった。

 それは今回に至ってはメリル子爵夫人なのだが、この茶会は招待客を師として、アリシアへ学ぶ場にしたいというコートレイ伯爵夫人の意図があったからだ。


「いいえ、両親はむしろ女性に節操がない子爵との結婚は、外聞も悪いと賛成はしていなかったわ」

外聞と口にしても、政略結婚なら致し方ないと無理やり結んで然り、そこはメリル夫人を思ってのことだったのではとアリシアは考える。

「それなら何故?」

 メリル子爵夫人の目元が淡く色づく。

「初恋だったのよ」

『え!』

 驚きの声は、奇しくも横で静かに聴いていたはずのコートレイ伯爵夫人と重なる。


「あれはまだ5つかそこらの年頃でしてね。風に飛ばされた帽子をあの人が拾ってくださったの。帽子を拾って被せた後に、小さな私を抱え上げて『かわいいお嬢さんだね、大きくなたらお嫁にくるかい?』と本人は冗談でしかなかったのでしょうけれど、私はずっとその言葉が忘れられなかった。そしてその13年後に『あの時の約束を果たしてください』と会いに行った私を前に、あの人ったら目を見開いて驚いていたわ」

 わぁ、と感嘆の声がどちらともなく漏れる。

 それにふふっとメリル子爵夫人が笑う。

それは酸いも甘いも知り尽くした御仁ではなく、初恋を胸にときめかせていた初々しい少女のようだった。


「夫も13年越しの想いに応えなくてはと思った…わけではなくてね長男が成人を迎えるというのに、未婚では家督を継がせられないと先代子爵、お義父様に言われていたから渡りに船だったのよ。自分のような女癖が悪い男の妻になりたがる貴族令嬢は君くらいだと、終生口にしてらしたわ」

 懐かしむ顔は扇子で口元が隠されても分かる。

「結局夫の後に家督を継いだのは、夫の3人目の息子でしてね。夫に似ず生真面目で女遊びはおろか妾の1人もつくらない立派な息子です。それに比べて、うちの息子は3人とも夫にに似てしまってね…」

 盛大なため息に「3人?」とアリシアの声が重なる。

「えぇ。私と夫との間に子どもは8人、息子が3人と娘が5人おります。夫は全員で18人の子どもがおりますの」

 メリル子爵夫人と結婚した時の子爵の年齢から考えると、これまた驚かされる話だ。


「結婚したから私だけ…とはならならず女遊びが止めれない夫で苦労は致しましたが、それなりに楽しい生活でしたわ。意外にも子煩悩な父親で、夫としては最低だけれど親としては慕われた人でしたね」


「最後にもう1つ質問しても宜しいでしょうか?」

「ええ、構いませんよ」

「もし、まだ子爵がお元気でいらした時に、離縁ができたとしたら、子爵と離縁を考えたと思われますか?」

メリル夫人は静かに、しかしはっきりと答えた。

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