第20話 王妃の暗殺
「王妃殿下の口紅、香油、香水などに毒が含まれていることが分かりました」
ハンスの目の下はくっきりと隈が刻まれている。
声にも張りがなく、相当な疲れが伺えた。
「全て輿入れ時に其方が持ってきた物だ」
レイスの瞳はギラギラと鋭く、恐ろしいほどの覇気が宿っていた。
「…つまり、わたくしの病にバーネット公爵家が関わっている、ということですね」
ふぅ、と深く息を吐く。
もう覚悟は出来ていたので、衝撃はそれほどでもなかった。
疑いが確定となっただけのこと。
「毒が見つかったのは、それだけではないのです」
ハンスに渡された紙に視線を下ろす。
「先日頂いたドレスにも!?」
スミレ色のドレスの文字に目が止まる。
「これは私が直接侍従に命じた物ゆえ、バーネット公爵家の人間が直接関わったとは考えられない。何者かが公爵家と通じてなければな」
「そこでドレスの仕立てから材料の出処など調べました。
仕立て屋とある商家と繋がりがあることが判明いたしまして…」
ハンスがレイスに委ねるように視線をうつした。
「バーネット公爵夫人の生家だ。王家から依頼を受けた仕立て屋が、その商家から仕入れられた布を使ってドレスを作った」
クラッと目眩がして、無意識に額に手をやる。
「…そうでしょうね。傍から見れば商会長の義理とはいえ孫娘にあたるわたくし宛のドレス、関わっていても何ら自然なこて」
娘が公爵家と姻戚関係となり、今となっては王家への献上品にまで関われる大棚となれば造作もないことだったろう。
これで公爵夫人は黒だと断定できたも同然。
「そして其方の部屋の調度品の幾つか、王家が用意した物からも毒が検出された」
商家が関わっているならそれもありなんと頷いたところで、ハッと顔を上げる。
「ミーナは!?それらにはミーナも触れたりしたはずだわ」
長年身近で誰よりもアリシアの世話をしていた、彼女に影響はないのだろうか。
青ざめだアリシアに、部屋の隅で黙ってことの顛末を見守っていたカロンが声をかける。
「大丈夫ですよ。この病は毒を直接口から摂取しなければ、影響はないです。といってもそのことが分かってきたのは、研究が進んだここ近年のこと。ちなみに研究したのは私ですが」
人懐っこい笑みのカロンに場が一瞬和む。
「風土という言葉の通りに土に毒がある事は周知されていたので、取り敢えずその地で取れた植物などを加工し、手当り次第含ませ置いたのでしょう」
香油や香水など、口にしない物に関しては実害はないとカロンは断言した。
「ならあの子も大丈夫だったのかしら…」
小さなアリシアの呟きに、レイスが反応した。
「口にする食事に毒を含ませることは困難だ。エストランドの食材は、この地まで運ぶことが難しい。長年一定量を摂取をさせられなければ問題はないのだろう?」
「そうですね。王妃の身の回りに毒を含ませるに留まった理由が、発生地が麦さえ満足に取れない痩せた土地だからです。致死量に至るような毒を長年摂取させ続ける程、あの土地のものを口にさせることの方が本来は難しいのです」
「王妃である其方の食事は、私と同じく厳しい管理の元用意されている。今回、私たちの食事には毒は検出されなかった」
「調理場にも毒の反応はございませんでした」
レイスとハンス、2人からの言葉にアリシアはホッと胸を撫で下ろした。
「たまたまか、それか王を毒殺するまでには至らなかったのか、犯人にしかその訳は分からんがな」
「私と母は邪魔で、兄はそうではない?」
それなら公爵が関わっていそうだけれど、ならば王妃だけを狙って王は狙わなかったことは?
輿入れ日のバーネット公爵、あのセリフを聴いた上でだとレイスも排除したいのでは、と思うのだけれども…。
レイスの言う通り、王暗殺までは恐れをなしたのか…。
でも王妃の殺害未遂とて、発覚すれば爵位剥奪か最悪処刑されるリスクがある。
(そうまでして、わたくしを殺さねばならない理由は何なの)
「バーネット公爵に言質を取るには、まだ証拠が少ない。この毒に関わった人間はまだいるはずだ。今回の捕縛は、まだ隠れている人間には充分な牽制になっただろう。無理に王城に上がろうとして疑いを受けるよりは、身を潜めるだろう」
「もし主犯が父であれば…わたくしは…」
(王妃殺害容疑が実の父親とは、ただの嫌われ令嬢と笑われるだけでは済まされない…)
膝の上で組んだ手の平が汗ばむほど、ギュッと握りしめられた手は赤くガチガチに固まっていた。
「其方は私の妻であり王妃、既に婚家とは切り離された存在だ。もし其方が王の暗殺に関わっているならまだしも、自らの命を危険にさらしてまで、此度の暗殺に関わっているなどとは考えるに及ばぬ。この件は私に任せ、其方は身体を治すことだけを考えていれば良い」
無理を言う。でも前世で命まで奪われて…、アリシアにバーネット公爵家を庇うなどという気持ちはなくなった。
いっそ公爵家など取り潰されればいい。
「しばらくは公務などに出ることは許さぬ。部屋で大人しくしているように」
普段なら反発するような物言いにも、今は何も返す気持ちになれなかった。
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