第19話 エストランドの医師
海を隔てたエストランドから医師が到着した。
「カロン・カザコフにございます」
大陸訛りの医師は、早口で挨拶を終わらすと早速とアリシアの胸に聴診器を当てようとした。
「ちょっと待って!」
胸元を抑え、横に立つレイスに疑問を投げかける。
「か、彼が医師?見習いではなくて?」
目の前で早く診せろとばかりに、聴診器を構えている青年?医師が「僕はちゃんと試験に合格した医師ですよ!」と答える。
「エストランド国王に、王妃の病について見識のある医師をと要望して寄越されたのが彼だ。歴代最小年齢で医師試験に合格、この病については専門的な知識があるらしい」
アリシアに渡されたのは国王のサインがされた身分証と、推薦文だった。
「失礼ですけど、お歳は?」
「17歳です。試験に合格したのが9歳なので、こう見えて医師歴は8年になります」
ニッコリ笑う顔のあどけなさ、まさかアリシアより年下だとは…。
前世で訪れた医師団は老年の医師ばかりで、彼の様な若い医師はいなかった。
「胸の痛みがで出したのは?喀血は?…」
細かな問診を受け、カロンから告げられたのは前世と同じ病の名だった。
「この病は親子間で発症すると恐れがあると耳にしたのただが」
アリシアの療養部屋に居るのはアリシアとカロン、そして付き添いのレイス。
他は人払いがされ、ミハエルやミーナさえ同席させていなかった。
レイスが纏う空気は重たい。
「アリシアの母、アリシアと発症したのだが、兄はそのような症状はないと言っていた。この病は必ず発症するとは限らぬのだろうか」
その言葉から兄スタリオに確認を取っていたことを知る。
カロンは瞼をしばたたせると首を傾げた。
「この病は『 風土病』ですよ。親子だからかかるという、そのような因果関係なんてございません」
「風土病?」
「えぇ、エストランドのごく一部地域でしか、この病にお目にかかることはない風土病。なのでこのような遠く離れた異国では治療法どころか、この病名さえ浸透してないわけです」
カロンの口ぶりに疑いの余地はなく、むしろ噂の出処は何処だ?と問うような、それほどエストランドでは風土病と周知されているのだろう。
「ならば何故アリシアがこのような病になったのだ?」
レイスがカロンに掴みかかる勢いで詰め寄る。
「分かりませんよ!王妃様がその土地に行ったのでしたら答えは簡単ですが、そうでないなら。この病の原因である毒を直接口にでもしなければ、病にかかることは本来ないので…」
アリシアの頭の中には良からぬことが浮かんでは消えていく。
母と自分だけがかかった病は人からうつったり、親子で因果関係があるものではなかった。
ただ、その毒とやらを口にしなければ発症することは無いと?
「もし食べた物が原因として、1度の摂取で発症するものか?」
「断言はできませんが、その程度の摂取では万が一罹患したとて自然治癒するでしょう。この病の進行は毒を摂取した回数や期間が多く長いほど影響します。喀血まで進行すると、自然治癒は見込まれません。完治するまで薬の投与は必須ですからね!」
「治るのか?」
「もちろん!この病は薬さえ飲ば死に至るようなことはありませんから」
「病気が進行していても?薬で治る病なの!?」
アリシアの声が震える、それを恐怖からだとカロンは思ったのだろう。
「他に大病を患っていたり、老齢でなければ助かる病です。安心してくださいね」
そんな、そんなはずはない。
『 もう手遅れです』
あの頃はそう匙を投げられたのに…。
それにこの病が風土病なのも聞いてない。
親子で発症する恐れがあるとも当時の医師から言われたのだ。
ダン!と空気が震えるほどの大きな音に、アリシアの意識が現実に呼び戻された。
レイスが壁を殴りつけ、拳が打ち付けられた壁からは、壊れた欠片がポロポロと落ちている。
「誰かが王妃の身体を害そうとしなければ、こうまで悪化はしなかった?」
それは呻くような腹の底から吐き出すような怒声だった。
「遠く離れた土地にしか存在しない毒を、都合よく同じ人間が口にできようはずもない。公爵令嬢であった彼女の食事に、手が出せる立場の人間がしたことだと?」
憤怒、その一言に尽きる表情。
その場にいた誰も、彼に声を掛けれないほどで、それはアリシアもだった。
アリシアの背に汗が一筋流れていく。
それからは慌ただしかった。
【バーネット公爵家に
そのようなお触れを王が出したことで、城は混乱に包まれた。
その中には、バーネット公爵と親交がある貴族も含まれ、貴族派の多くが入城を拒否されることになった。
バーネット公爵子息スタリオ、アリシアの元婚約者アウグストもその対象だった。
【バーネット公爵家から持ち込んできた物は、アリシアの身の周りから全て排せ】
侍従たちにはそう命じて、元より多くなかった持ち物の一切合切が取り上げられてしまった。
「出入りの商人まで厳重に調べあげているようですわ」
ミーナまで、身の潔白が証明されるまでと遠ざけようとされたことにだけアリシアは反対した。
レイスは許さぬ勢いだったが、ミーナが「私に少しでも疑わしいところがあれば、首を跳ねても構いません」と膝を付いてした主張から、命令は取り下げられた。
「侍従の顔ぶれも随分変わったわね」
何より驚いたのは、侍従長の姿がなかったこと。
「侍従長は先代から仕えていた重臣ではあるが、前宰相とは長い知己でもある。歳も歳なので引退を勧めた」
レイスが隠居が少しばかり早くなっただけだと平然と答えたので、その時は深くは考えなかったが、もし何かしら関与が伺えたのなら、今のレイスなら首を打ち捨てかねない。
それほどレイスの貴族派への態度は頑なだった。
そのような入城できない貴族からの反発が膨れ上がる一方で、王妃暗殺容疑として数名が捕縛された。
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