閑話 ミーナの日記

お嬢様と共に王城に上がって3ヶ月。

これまで誰に見られるかもしれない文章に、あるじのことを残すことははばかられていたけれど、この気持ちの持っていきようがないので、日記をつけることにした。


~中略~

陛下の夜のお渡りがない。

医師の助言がある時は別として、それ以外を独り寝をされていることを裏で侍女たちに笑われているのを耳にした。

先日はお嬢様が休まれている部屋の窓の下で、聞こえるほどの声の大きさの陰口を叩いていた。

「ここまで嫌われるなんてお可哀想に、私だったら耐えれないわ」と笑いながらに。

悔しかったので頭上から水差しの水を掛けてやった。


侍従から聞いた話によると、陛下の執務室に通う女がいるらしい。執務室の隣室に泊まっており、特別な関係ではないかと。

しかも女の格好はあからさまなほど露出が激しく、あれはまるで娼婦のようだったと…。


なんてことでしょう!

私の大切なお嬢様が…妻がおりながら、不貞を働いている?

そのような夫に嫁がされ、お嬢様が不憫でならない。


~中略~

玉のような美しい御子です。

赤みを帯びた髪はお嬢様譲りで、初代国王様と同じ紫の瞳の王子殿下(あの方の色はない)。

酷い難産で一時はどうなることかと、私は生きた心地がしませんでした。

神様に祈りが通じたのです。この手でお嬢様の御子を抱くことが出来るなんて、なんと幸せなことでしょう。

母様が生きていたら、実の孫が生まれたかのように喜び、いっとう可愛がったことでしょう。

この方は私の命に変えても守らなくては。


~中略~

不敬なんて怖くない!

許せない、許さない!

お嬢様がこんなにも苦しんでいるのに、あの方は見向きもなさらなかった。

せめて私がお傍にいられれば…。

シュタイン様をお守りすることがお嬢様の願いと思えども、看病の一つもできず歯がゆくてならない。

どれだけお嬢様は、独りで耐えなければならないのですか。

そんなのあんまりです、神様。


~中略~

驚いておられた。

罵詈雑言、酷い言葉だったとハンス様には注意を受けたけれど罰は下されなかった。

陛下はお嬢様が医務室で寝起きされていることを知らなかった?

ひと月も経つのに?

侍従は教えなかったのかしら…。

今となっては陛下のなさりように、どちらに非があるか皆分かっているのだわ。


我儘な公爵令嬢だという悪意ある噂を真に受けて、嫌がらせしてきた者も、今はお嬢様がそのような人間ではないことが分かって同情している。

…それも何様かしらと思う。

みな勝手な想像で一方的に批判して、本当のお嬢様を見てこなかった。


最近では、侍従たちの中に陛下への礼節を欠くような者もいると聞く。

自業自得でしょう。

あの妾は周りにどれほど自分が愛されているか自慢していた。

己こそが真の妃だと言わんばかりの態度に、侍従たちもどれほど腹を立てていたか、陛下は知るべきだわ。


~中略~

今さらでしょう。

お嬢様の傍にいたいと?まさかでしょう。

あの方に傍に居られてお嬢様が穏やかに過ごせるはずはない。

ミハエル様もこの意見に同意されて、陛下を医務室に通されないようにと、侍従たちに指示されていた。


~中略~

先日、シュタイン様へお嬢様が書き残されていた物を見せて欲しいと、陛下自らお願いに来られた。

お嬢様の物に触れさせたくはなかったが、シュタイン様が渡してしまわれた。

きっと物語を陛下が読んでくださるのだと、思われたのだろう。

(これまで陛下が寝物語をシュタイン様に読み聞かせたことなんてなかったのに…)


お嬢様が書き残されたシュタイン様への書物、お嬢様が考えた物語やお手紙はシュタイン様の年齢に合わせて渡すように頼まれている。

今シュタイン様が陛下に渡されたものは、優しい王子が主人公の物語だ。

陛下は食い入るように読まれている。

読んでと頼むシュタイン様にも気づいておられない。


~中略~

この1年筆を取る気にもなれなかった。

我が身と同じくらいに大切な、いえ…お嬢様が生きてくださるなら命を捧げたって構わなかった。

後を追えたらと何度考えたか、お嬢様の残された小さな宝物がなければ、今私は生きていなかったでしょう。


陛下は変わられました。

今や常軌を逸しております。

あんなに取り乱されるほどにお嬢様に想いがあったのならば…と、今となっては責める気にもなれませんが。

私の使命は、シュタイン様を大切な方を守り愛せるような立派な男性へ、そのように育つ手助けをすることだけです。

お嬢様のお心、私が変わりにお伝えしていきますね。

見守っていてください、私のお嬢様。



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