第16話 夫婦の寝室
輿入れ当日に倒れてから、アリシアが夫婦の寝所をつかうことはなかった。
医務室から近い療養用の部屋での寝起きが、この先も続くものだと思っていた。
「陛下からお聴きしておられませんか?」
ハンスがまたか…といった顔を浮かべている。
「執務長官の仕事は夫婦の伝書鳩ではないのですが…」
つい愚痴が口を突いて出てしまうも、ミーナに睨みつけられてしまい慌てて口を閉じる。
「ミハエル医師から許可が出たとのことで、夜間は夫婦の寝所で休まれ、日中は変わらずこちらで過ごされるようにと、その旨で部屋を整えるよう陛下が侍従に通達されました。ですので本日からは寝所で休まれてください」
王の寝所は、王城の中でも奥まった場所に設けられている。
執務室からは距離がある。
「それでは終日陛下と過ごすことになるじゃない…」
「日中は別室で過ごされているではありませんか?」
今度はアリシアに睨まれ、ハンスは首をすくめた。
夫婦の寝室は重厚感ある誂えで、色味は暗めに木製の家具は細部にまで意匠が凝らされている。
ベッド周りに彫られたツタの装飾をなぞると、あの当時胸の痛みを押し殺しながら1人で過ごした長い夜を思い出す。
「気配が伝わるほどの近さなんて、一緒にいるのと変わらないじゃない。まして夜は同じベッドなんて…」
「ですがご夫婦なのに、いつまでも別室で寝る訳にはいかないでしょう」
ミーナに夜着への着替えを手伝われながら、アリシアは憂鬱な気分を吐露する。
「そんなことは分かっているわ。元より良くなかった夫婦仲が、貴族たちの格好の話題に上がるでしょうね。
そう分かっている。
散々、前世でそのような嘲笑を受けたのだ。
シュタインを身ごもった時など、あれほど寝所を分けているのにやる事はやっているのだな、と下卑た話題にされたのだ。
国王夫妻の寝所事情は、アリシアが思っていた以上に侍従から家臣にまで筒抜けで、悪意ある噂は後々までアリシアを苦しめた。
まんじりともせずベッドに腰掛けレイスを待つ。
ミーナが下がってから随分時間は経っていた。
「まだ起きていたのか」
ガウン姿のレイスに見下ろされ、アリシアの鼓動は早鐘を打つ。
「さ、先に横になっていても宜しかったのですか?」
緊張も相まってつい憎まれ口が出てしまう。
「構わぬ。そなたは身体を休ませることが優先であろう」
(そうだ、この人には他に欲を発散する相手がいる。
病気の妻に手を出す必要なんてないのだわ)
胸の奥がジクジクと痛みだす。
その痛みに耐えるように、背中を丸めてベッドに横になった。
かつて心を通わせることもなく、それでも幾度となく同衾した。
だから一緒に眠ることには抵抗はなかった。
義務的にされる行為がないだけ構えなくていいのだ…、何もせずとも共寝をしていれば下品な噂が出回ることもないだろう、そう自身を慰めるもアリシアの胸の痛みを和らげるまではならなかった。
いつの間にかうつらうつらしていた。
背中が暖かい。
レイスの温もり。
腰が重いのはレイスの腕が乗せられているからだろう。
なんて迷惑な人。
人の気も知らずに…
身体は暖められても、アリシアの心は冷えていた。
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