第15話 王の浅慮
「元婚約者だから何だというのです」
アリシアの剣幕にレイスは押されそうになる。
「王妃つきの執務官となれば顔を合わす機会も多くなろう。そのような関係だった人物を傍に置くということは、良からぬ疑いを持たれかねないではないか」
「それの何が問題なのです?誰を傍に置こうが、男女なら不貞を疑われるなど幾らでも有り得ること。何せわたくしは悪名高いバーネット公爵令嬢ですから」
「なぜそのように露悪的な物言いをするのだ」
「それではコートレイ伯爵令息を執務官に選んだ理由を、何故お尋ねにならなかったのです」
アリシアは腰掛けていたソファから、乱暴に裾を払いながら立ち上がった。
背筋を伸ばし、レイスの前に立った。
長身のレイスを見上げる形にはなるが、それでも見下ろされるよりはマシだ。
「はなから元婚約者だから身近に置きたかったのだろう、と聴く気もなかったのでしょう」
アリシアは口角を歪めて笑う。
「コートレイ伯爵令息は事務次官の職に就いており、執務官に求められる知識は充分ございます。母君が他国出身ということもあり、外国への造詣も深い。社交界での評判も良い人柄に、本人は貴族派やそうでない貴族とも中立な立場で接しておられます。王妃を補佐する上で、彼の何に問題があるというのですか?」
レイスは末端の官の身辺調査書まで目を通していた。
どこの派閥に属する家門出身か、部署内で便宜を図る関係の者がいるか。
事務次官ともなれば顔を合わすこともあっただろうし、何も知らないということはないはず。
「わたくしの元婚約者という経歴がつかなければ、これほどの適任はそう居ないはずです」
レイスの深いため息が答えだった。
「コートレイ伯爵令息を王妃つきの執務官に命じよう」
「ありがとう存じます」
「ただし、二人きりになることは禁ずる。それは執務上とは別の問題だ」
「な…」
レイスは言い聞かすように、ゆっくりとそして強い声音でアリシアに告げた。
「妻が元婚約者と2人きりになるのを許せる夫はいまい。それは不義を疑う云々以前、気持ちの問題だと、そなたも理解するように」
(自分は愛妾を囲っていながら、なんて狭量…いいえ、傲慢なのかしら!)
レイスが退室するなり、アリシアは力任せにクッションを扉に投げつけた。
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「そのように気になさるのならば、同席なされば良かったではありませんか」
ハンスは隣室を気にして、仕事が手につかない上官に嘆息する。
「コートレイ伯爵令息のこと、そなたは何か知っているか?」
卓上に置かれた指が一定のリズムで打ち付けられ、コツコツと音を立てる。
「宰相閣下から、後々は外交官に据えたい若手の優良株が事務官にいる、とお聞きしたことがあります」
「優秀な男なのか?」
「地位や権力には興味なく実直で、それでいて人当たりも悪くない。そういう野心もなく真面目な者が外交官に欲しいのだ、と閣下は仰っていましたね」
「…なるほど」
王妃つき執務官への命をコートレイに伝えた際も随分落ち着いた様子で、光栄ですと柔らかな笑みを浮かべていたと報告を受けた。
婚約破棄となっても、二人の間に悪感情はなかったことが推測された。
王家の要求がなければ、他者共に認める男とアリシアは結婚していた。
外交官の妻にもなれば、連れ立って国外に出ることもあっただろう…。
病に倒れ王宮から出ることも叶わず、アリシアが得られるはずだった自由さえ奪っていたことを、改めて思い知る。
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