第14話 元婚約者

 アウグス・コートレイ伯爵令息は国王を支持する反貴族派の家門出身だ。

 アウグスと婚約に至ったのは兄と父、両方の利害が一致したからなのだが、その思惑は同じではなかった。


 スタリオは、学生時代からの親友であるアウグスの為人ひととなりを信頼して妹を託そうとした。


 対して父は血統主義の貴族派のアリシアと、母親が他国出身のアウグスを結婚させることで反対派閥との緩衝材に利用しようとした。


 あとはアリシアを純血の高位貴族と結婚させたくないという単純な動機も伺い知れた。


 アリシアにしてみればスタリオが自身を思いやって薦めた相手でも、見知らぬ相手との婚約は喜ばしくは感じれなかった。


 そう、婚約者だった頃のアウグストは物静かな兄の友人でしかなかった。


 アウグストとの関係が変わったのは、奇しくもアリシアが王妃になってからのこと。

 四面楚歌で頼れる者がいなかった王妃を政務で支えてくれたのがアウグストだった。


 彼はバーネット家が政敵だからとアリシアをまつりごとから遠ざけたりはしなかった。

 兄が執務官に彼を任命したことで、随分助けられたものだ。


 多くの官僚が自国の王妃が対外的にどう見えるかより、賓客の前で恥をかくことを期待していた式典でのこと。

 伝えれる筈の変更がアリシアだけは外されたり、間違った礼節を教えられたりといった嫌がらせは珍しくなかった。

 そのような中でアウグストは仲間を諌め、アリシアに正しい知識を与えてくれた。

 アウグストは公明正大で信用の置ける官だった。


 外国生まれの母譲りの浅黒い肌と、色素の薄い白金の髪と灰色の瞳。

 アウグストは物静かな性格に反して目立つ容姿をしていた。

「お久しぶりです、王妃殿下」

「畏まるのは止めて頂戴。二人の時は昔と変わらず接して欲しいわ」

 チラリとアウグストの瞳がミーナをうつすが「私は含めないで」という彼女の笑みに、再びアリシアと重なる。


「そう…貴方が望むならそうしよう、アリー」

 懐かしい愛称にアリシアも自然と笑みがこぼれる。

「お兄様は元気にしているかしら?」

「スタリオはアリーを気にかけてたよ。宰相補佐の自分が王妃の近くにいたら、いらぬ心労をかけかねないと言ってね。気もそぞろで落ち着かない様子だった。だから代わりに僕を執務室へ遣えに出そうとしてたんだよ」

 スタリオらしいとアリシアは苦笑する。

「別に王妃が実の兄に会うことに気を遣う必要ないのに」

「僕もそう言ったんだけどね。なるべく生家とは離れて過ごすことが君の立場的に有益になると考えたんだろう」

「お兄様らしいわ」


 スタリオはバーネット公爵の長子であり、生まれた瞬間から公爵を継ぐ責任を背負っていた。

 自身には幼少期から家庭教師が付けられ、愛情からとは言えないながらも充分な手が掛けられていたのに、その妹はそうではなかったことを兄が心苦しく思っていたのは知っている。


「それでもわたくしが不安や寂しさに押しつぶされそうで、立場なんて関係なく兄の支えが必要だ、とは思い至らないのよね」

「アリー…どうしたの?君がそんなことを口にするなんて」

 そうよね、皆が知るアリシアは心情を吐露するような弱い面は見せない。

 公爵令嬢として常に気丈に振る舞わなければならなかったから。

 周りは敵だらけだったもの。


「わたくしね、我慢をすることを辞めたの。王妃になったからには今まで以上に自分を押し殺すべきだと思ったのだけれど…そんな犠牲ばかりの人生は嫌だと思ったの」

 アリシアは顔を上げる。

「王妃の公務もそう。任せられる人に任せて、わたくしがしなくていい仕事はしなくて良いと思ったのよ」

 アウグストは苦笑する。

「そんなことは当たり前のことなんだけどね。断言するあたり、アリーは自分で何もかもしなければという性分なのが分かるよ」

 アウグストはアリシアの前に片膝を付くと、手の先をそっと掲げた。

「アリシア王妃殿下、僕は何を致したら宜しいですか?」

 アリシアは満面の笑みでアウグストを見下ろした。

「貴方だけにしか頼めない仕事があるの」




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