第12話 王妃の療養部屋

「嫌です」

 執務長官ハンスは焦っていた。

 直属の上官であり主である陛下より、王妃の療養用の部屋を急ぎ用意するよう命を受けたのは3日前のこと。

 一時的な療養用ならば簡易で良いのではと侍従長が進言したのだが、王妃の暮らしに僅かな時間であっても不自由はならぬ、と内装から家具まで王妃の部屋と比べても遜色ない誂にと命じられたらしい。

 大掛かりでありながら時間は最短でということ、あとは場所の関係から執務長官のハンスまでも駆り出される羽目になったのだ。


「なぜ執務室の隣なのです!?このような場所で療養せよというのですか」

 王妃の苦言は、指示を初めに受けた侍従長は勿論のこと、ハンスも尤もと同意し、主へ疑問を呈したのだ。


 執務室は陛下がほぼ日中の時間過ごされる部屋だ。

 そして陛下の休憩室として使われていた隣室こそ、療養用に指示された部屋だった。


「しかし、こちらでしたら医務室は目と鼻の先の距離ですし、執務室と近いことで警備もそのまま厳重な状態でお守りできるから…と」

「…と?誰の指示なの。このようなことを考えるのは!」


 アリシアは怒りに震えていた。まさか愛妾と使っていた部屋を宛てがわれるとは考えてもみなかった。


 あの初夜以降もレイスの執務室に愛妾が通っていたことを、アリシアは侍女たちの会話から知っていた。

 気に入らないアリシアに聞かせるため、彼女たちがわざと声高に話していたのだ。

 レイスと愛妾が、執務室の隣部屋で再三逢い引きしているのだと。


 そのような場所に妻を休ませようなどとは、悪意でしかない。

 そもそもアリシアに使わせるなら、愛妾はどこの部屋に呼ぶのか、別に部屋を用意するのか…。


 かくしてアリシアの意見など介すこともなく、すでに療養部屋は出来上がっていまっていた。


「…逢い引き部屋ね」

「妻が使うに逢い引きとは聞き捨てならないな」

 てっきりクローゼットだと思っていた扉の向こう側にレイスが立っていた。


「まぁ!隠し扉まであるの!?」

「王妃殿下。この扉については陛下とごく限られた臣下しか存じません。有事の際の出入口にもなります故、塞ぐ訳にはいきません」


「有事の際…秘密裏に使うのに調度良いのでしょうね…。それで、このベッドは元からあったものなのかしら?」

 ハンスは王妃の真意が分からず、困惑の表情を浮かべる。


「確かに秘密裏にこちらの会話を扉越しに伺うなど使いようはあるとは思いますが、基本的にこの部屋を使われておられるのは陛下お1人です。他に出入りする者はございませんので、安心されてください」

 アリシアはそんなことはどうでもいいとばかりに、ハンス越しにレイスを睨みつける。

(だから愛妾との逢い引きに使ってたのでしょう)


「この部屋は仮眠を取るために使っていただけだ。それも応接用のソファでな」

(ソファ…ソファで如何わしいことを!?)

 アリシアの顔つきが益々険しくなっていく。


「それでわたくしを監視なさるおつもりですか?目を離すと何かおかしなことでもするとでも?」

 素行が悪いという噂から、アリシアは監視されて当然と認識されているのだろう。


「そうではない!急変しても隣なら異変に気づけるであろう?」

 レイスの語気が荒くなる。

「そなたは私の妻で、妻の体調を慮るに何がおかしいというのだ!」


「あぁ…そういう」

(物は言いようだわ)

 アリシアは知っている。

 余命幾ばくもないと分かっても、貴方が私を見舞うことはなかった。

 急変しないように傍に控えてくれていたのは、ミハエルだった。

(耳障りの良い言葉に変えているだけで、わたくしを信じているわけではないのよ)


「…好きになされば良いわ」

(ここで私の意見が通るはずないもの)









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