第11話 王妃の決意

 ミハエル曰く、医務室での長期滞在は不可。

 ミハエルの診察時はミーナが付き添うこと。

 アリシアの体調が悪い時に使える、医務室に近い療養部屋を新たに設ける…と。


 初夜翌日、アリシアは寝室と扉を隔てて続き間になっている王妃の部屋に戻ってきていた。


 体調は良くなっていたものの、長椅子に横になるようミーナに促され、することもなく本を眺めていた。


 レイスの真意は別として、指示は病の王妃に配慮していると取れる。

「…そうすれば良き伴侶に見えるからだわ」


 前世、医務室に寝所を移した際はひと月も気づかなかったのだから。

 気づいた後も、寝所をどうこうすると言われた記憶はない。

(まぁ…当時は満足に動けないほどで昼夜問わず医療行為が必要だったし、不貞を疑える状況でもなかったのもあるだろうけど)


「お嬢様は陛下のなさりようにご不満ですか?」

 ミーナがアリシアの足にブランケットを掛けながら訊ねる。


「そうね、気分は良くないわ。異性と2人きりになるなと言うのは不義を疑われていると感じるし、療養部屋も体良く対処しているとしか思えないわ。…王妃となったのに、王への不満を口にするべきではないかしら?」


「王妃がどうあるべきかなど私には想像に及びません。でもお嬢様がどうお想いか、それを私に隠す必要がございますか?」

 ミーナの眼差しは優しい。

「私にとってお嬢様は誰かと比べられる存在ではありません。唯一無二の大切な方ですから」

 母に変わって赤子から私の面倒を見てきた乳母がミーナの実母だった。

 幼少期はアリシアを実の妹のように可愛がってくれた。

 それは侍女として仕えるようになって、立場が変わったとて変わっていない。

 政敵だなんだと敵視されることが分かっていても、今世もミーナには傍にいて欲しかった。


 だから話そうと思った。

 前世で抱えていた重荷を、もう独り抱えることは出来なかった。

「…陛下には他に想いを抱く恋人がいるのよ。妃にできない身分の…愛妾がね」

「なんてこと!」


「王も貴族男性と変わりはしないものね…例え結婚ができないような恋人がいても、妾として囲えるのだもの。でも王なら法を変えれるじゃない?そんなに大切ならば他国のように側妃の位を設ければ良いのに…」


 一夫一妻は国の成り立ちから守られてきた法であり戒めだった。

 この国の最初の王妃は神の娘だった。

 王妃の父である豊穣の神は、娘への愛と貞操を初代国王に誓わせ、この国の繁栄を約束した。

 それが時を経て一夫一妻であれば、愛も貞操も破ったとて許されるのだと都合よく解釈された。

「豊穣神も嘆かれているでしょうね。王妃を生涯愛すると誓った男の子孫は、形だけの一夫一妻を守り、愛と貞操の誓いを忘れ、国主の座に居座り続けているのだから」

「お世継ぎのことを考えたら仕方のないことなのでしょう」

 言葉と裏腹にミーナの顔は苦渋に満ちている。

 レイスにもだろうが頭に浮かぶはバーネット公爵のことだろう。


「子を産めない妻は裏切られて当然?妻とは子を残すため?それじゃあ子を産んでも妾に子を産ます必要は?愛の在り処はどこにあるのかしらね」

「お嬢様!そのようなこと…仰られないで下さいませ」

 母は病気を抱え命懸けで子を産んだのに、夫に子を奪われ見捨てられた。


「わたくしが子を産めば、王妃などという存在は王にとって不要になるのよ。あとは妾と愛のある暮らしを築けばよいもの。子は乳母が育てるから母親の役割さえ、わたくしには必要ないのよ」

 そう、あの後がどうなったかなんて知り得ようもないけれど回帰してから何度も想像した。


 シュタインはミーナが愛情をかけて育ててくれただろう。

 レイスは邪魔者が消えて愛妾と幸せに暮らしたのだろうと。


「ミーナ、わたくは真実愛した人とでなければ子を産みたくないわ。ただ子を産むためだけに利用されたくはないの」


 シュタイン、ごめんなさい。

 貴方に会いたくて堪らない。

 その気持ちに偽りはないわ。

 けれど貴方を残して亡くなることは耐えられない。

 ミーナは貴方を愛してくれるでしょう。

 でも父親は?レイスを愛するかしら?

 母親が父親を恨みながら死ぬ、そのような状態で貴方を残して逝かなくてはならないなんて、もう繰り返したくはない…。


 もし願いが叶うなら、神が私に僅かでも施しを下さるなら、心から愛する人が現れたらその時は…

 どうかシュタインの魂を我が元に授けてください。

 愛し合う両親からシュタインを産ませてあげたい。



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