第9話 王妃不在の初夜
「アリシアが倒れた?」
寝室に向かうレイスに侍従が告げる。
「医務室で…」
侍従が言い終わるより先にレイスは駆け出していた。
アリシアは医務室のベッドに横たわっていた。
その顔は青白く、仮病などではないことは一目瞭然だった。
「今は薬の効果で眠られています」
ミハエルは眠る王妃と変わらぬほどに、血の気のない顔色の王に戸惑う。
慌てて駆け込んで来た様子から、随分王妃を心配していたことが見て取れた。
政略結婚、しかも関係がよくない家門とだという噂を耳にしていたが、どうやら違うようだ。
「アリシアの具合は?」
「胸の痛みを訴えられ、咳き込まれたのですが…こちらを」
繊細な刺繍が施されたハンカチには赤い点が散っていた。
「吐血かと思われます。肺の病が疑われますので、陛下は念の為…王妃から離れておかれますように」
「構わぬ!」
「ですが…」
レイスはアリシアの眠るベッドの端に腰掛けると、己の頭を抱えた。
「これは移る病では無い。アリシアの母も患っていたが、家人の誰にも移ってはいない」
「この病、陛下はご存知だったのですか!?」
(まさかこんなに早くに発症していたとは…)
「国内では珍しい病だそうだ。治療法はエストランドの医師が確立している。呼び寄せるゆえ、それが到着次第、速やかに治療に入れ」
「畏まりました」
レイスはアリシアの髪をひと房指先に掛ける。
「これは気位の高い者だ。弱音も見せたがらないだろう…」
レイスの声に力はない。
「…其方には或いは気持ちを吐露するやもしれぬ、何か気になることがあれば教えて欲しい」
今宵の王はミハエルの知り得る王と余りに違いすぎる。
ミハエルが師に見習いとして連れられ王城に上がったのは19の歳、それから15年経つ。
病に倒れた先王を見送り、師は宮廷専属医の座から退き、その後任にミハエルが命ぜられた。
見習いの頃からこの年の近しい王を診させて頂いていたが、彼がこのように憔悴した様子も部下に頼み事をする姿も見たことがない。
ミハエルが知る王こそ他者に付け入る隙を与えない、弱みを見せない人だった。
この御人が守りたい人とは…どれほどの方なのか。
ミハエルは恭しく頭を下げた。
「畏まりました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます