第8話 王妃の輿入れ
てっきりレイス1人で乗り込んできたものと思い込んでしまった。
考えれば王の外出なのだから護衛はそれなりに居て当たり前なのだ。
ミーナと侍女数名がかりで身なりを整え、再びアリシアが階下へ降りていくと、侍従に囲まれたレイスに迎えられた。
事前に教えられた通りなら、口上が読み上げられ花嫁の家長から夫へ引渡しが行われる手筈。
しかしレイスは先程同様に「こちらへ」と手を伸ばし、今度は有無を言わさぬ速さでアリシアの手を掴むと屋敷の外に連れ出してしまった。
外にもバーネット公爵の姿はない。
その代わりバーネット公爵家の侍従たちが出迎えてくれる。
「お嬢様」
すでに泣いているのは料理長だ。
アリシアを子か孫のように可愛がり、愛情を込めた料理を振舞ってくれた人だ。
食事を抜かれたアリシアに、隠れて食事を与えたことが夫人に見つかった時は鞭打たれたこともあった。
「アリシア様」
昨年孫に仕事を譲り屋敷を出たはずの庭師が、並んだ侍従の後ろに立っている。
彼は庭の手入れをする傍ら、叱責から逃れるアリシアをよく匿ってくれた。
しわくちゃの荒れた手が、アリシアを撫でる時は優しく暖かかった。
アリシアの輿入れをひと目見ようと集まってくれた侍従たち。
あの日はいなかった人たちの姿が目に止まる。
あの時は予定外に出立が遅くなって持ち場を離れらなかったのか、それとも公爵夫人の嫌がらせだったのか。
これだけの人がアリシアを見送ってくれようとしたのだと、祝う気のない家人の姿より何よりもアリシアには嬉しかった。
「ありがとう」
馬車が見えなくなるまで侍従たちはその場を動かなかった。
またアリシアも馬車の窓から彼らを見続けていた。
別れに気を取られ、アリシアがじっと見つめる視線に気づいたのは、屋敷から随分離れてからのこと。
思えば今世では挨拶もしていなかった。
「アリシアにございます、陛下」
すると僅かに眉を寄せ、
「輿入れの馬車に其方以外を乗せるはずなかろう」
と不満気な返答が。
そう言えば今回はミーナは一緒の馬車に乗らなかったなと、改めて二人きりの空間に居心地の悪さを感じる。
「陛下を侮ったわけではございません。初顔合わせで挨拶もせず、失礼な振る舞いをしていたと思いましたので」
「其方…」
レイスの顔を見なくとも分かる。生意気な高慢な態度だと憤慨しているのだろう。
憎らしい政敵の娘だと、あれほど嫌悪していたのだから、こちらもそれ相応の態度でも構わないだろう。
しかし幾ら待てども叱責は疎か声が返ってくることはなかった。
眉を寄せ気難しい顔をして窓の外を眺めている、その後もレイスは城までの時間、一言も発することがなかった。
沿道に民の姿は無けれども、王を乗せた馬車を迎え入れるに集まったのは城内を護る騎士団を筆頭に、官僚から侍従まで驚くほどの人数だった。
馬車を降りた二人を前に華やかな様子はなく、ただ粛々と迎えられる。
そして前回のような嘲笑が耳に届くこともなかった。
(陛下の耳に入れる訳にはいかないものね、みな弁えてるわ)
これでも5年近く住んだ場所なのだ。侍従たちのことは多少なりとも理解している。
輿入れ当初は嫌味なことを言っていた者も、接する時間が経つにつれて態度が軟化していった。
彼らの仕事に対する矜持、主に対する姿勢は軽んじて良いものではない。
なので今回は自身の態度を改めることにした。
なんて高慢なと称された硬い表情を、輿入れ出来て嬉しいとばかりに喜びを溢れさせた笑みで、お茶を出されれば感謝の言葉を、案内役の侍従には親しげな会話を。
「お、お嬢様!?」
後ろに控えて歩いていたミーナが、そんなアリシアの態度に一番驚いていた。
そして初夜の時間までアリシアは輿入れできて幸せな花嫁を演じ続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます