第4話 愛妾
悪夢のような一夜が明けた。
鉛のように重たく悲鳴をあげる体を振るい立たせ、自ら身支度を整えレイスを探した。
初夜の朝一人きりの姿を寝所で侍女に見らるのは嫌だった。
主人を主人とも思っていない侍従にこれ以上蔑みの目で見られたくはなかった。
そんな焦りからだろう、レイスの居場所を尋ねた侍従の意味ありげな微笑の訳に気づけなかったのは。
「陛下は執務室におられます。陛下はそちらで休まれることもございますので」
主人が妻を放って執務室で夜を明かしたのだと嘲笑したのだと思ったのだ。
ノックをしようと手を上げた瞬間、カチャリと音を立て扉が開いた。
「あら?どなた?」
こちらが訊ねるより先に口を開いた相手に咄嗟に言葉がつげない。
王宮にいるべき淑女の装いではなかった。
ガウンを夜着の上に掛けただけの姿があまりにもあからさま過ぎて。
「陛下に御用かしら?」
豊満な体に夜の香りを纏った女性は上から下までアリシアを舐めるように見て、
「まだ疲れて寝てらしてよ」
フフフッと口角を上げ笑みを浮かべた。
「貴方はどのような方なのかお伺いしても?」
貴族なら家名を、そうでないなら身分を答えなさいと、そう意図したのだが、女性は意図を理解した上で答えた。
「陛下の恋人、ですけれども?」
家名も身分も告げない。
しかしアリシアより上に立てる関係を口にしたのだ。
「あまり口にするべきではありませんが」
口元の紅が赤赤と目に焼き付くようで、アリシアは咄嗟に視線を逸らした。
「陛下の身も心も支えているのは私で、身分から与えられなかった妻の座以外は全てを私に捧げると陛下は仰って下さいました」
女の口ぶりには自信が満ち溢れ、いかにしてアリシアを打ち負かそうとしているか気概さえ感じた。
「…子どもは?」
「はい?」
「貴方との間に子どもがうまれたら?」
レイスに子を産めと言われた私。
妻の座以外は全て与えるといわれた貴方。
では子はどうするのかと、頭に浮かんだままを言葉にしていた。
「それは神の采配ではなくて?」
なぜ可笑しそうに口にできるのだろうか。
まるで言葉遊びをしているような軽さで、女性は頬に指を当てて首を傾げた。
「男児を授かれば継承権が生じるのでしょう?なら貴方が産もうが私が産もうが何も変わらないじゃない?先に産んだ方が次期国王の生母になる、それだけよ」
妻の身分は婚姻に関われども、子は母親の身分関係なく王の子であれば等しく継承権が与えられる。
一夫一妻制である以上、妻は一人。
しかし多くの王族貴族は妾をつくり、妻の間に子が成せなければ妾腹から後継を設けることは特別なことではない。
王家にも妾腹の生まれの王が在位したことはある。
愛する妾との間に世継ぎが生まれたら、アリシアが子を産む必要さえなくなるのだ。
それが喜ばしいのか哀しいのか今のアリシアには分からなかった。
「…そう。そうなのね…」
アリシアは踵を返した。
もう二度とレイスの執務室に足を向けることはないだろう。
アリシアは自身に求められた役割の意味を知った。
傀儡になれと言うのだ。
着飾った人形として王妃の椅子に座り笑っていろと。
それが王妃アリシアに求められたことだと思い知った。
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