第3話 初夜
戦地に赴くとはこういった心境なのかもしれない。
アリシアは整えられた寝所を前に嘆息した。
この結婚が温かく迎えられるものではないことなどは頭では理解していた。
それでも、まさか嫁ぐ相手と寝所まで顔を合わさないでいるとは想像もしていなかった。
ミーナとは早々に引き離され、淡々と身の世話をこなす侍女に夫の所在を訊ねる訳にもいかず、案内されて着いたのは寝所だった。
そしてアリシアが寝所に足を踏み入れるのを急かすように灯りが落とされ、侍女は下がっていった。
枕元に置かれた燭台だけが唯一の灯りで、その心許ない灯りを頼りにアリシアはベッドに腰を下ろした。
どれほど待っただろうか。
酷く疲れた1日で、許されることならば横になりたかった。
時計の針が時を刻む音だけが聞こえる部屋の扉を、荒々しい仕草で開けた相手をアリシアは緊張の面持ちで迎えた。
「アリシア・バーネットにございます」
挨拶をしてから、家名を名乗ってしまったことに気づいた。
輿入れは完了したのだから、アリシアはバーネットではなく王の家名を名乗らなければならなかったのに。
しかしレイスはそんなアリシアを鼻で笑って、
「私が其方を妻として迎えたのは、契約であって本意ではない。名乗りたくもない家名を口にする必要はあるまい」
抑揚を感じさせない低く冷ややかな声だった。
「子はつくろう。しかしそれ以上の責務をそたたが担う必要はない。ただ粛々と王妃の席に座ること」
他にも何か言われたように思うが、アリシアの耳には届かなかった。
お前は子を産む道具、そう言われたのだ。
仲良くしよう、などという言葉を期待したわけではない。
それでも政敵であれども、お互い歩み寄り関係を築いていければ良いと、その一心で身一つで嫁いで来たはずだった。
開口一番、冷水を浴びせられて始まった初夜は、破瓜の傷み以上にアリシアの心に深い傷を残すことになった。
事が終わるなりレイスは何も言わず寝所から出ていった。
共寝で朝を迎えるつもりもなかったのだ。
アリシアは枕を濡らして夜が明けるのを待った。
これが子を産むまで、子が男児であるまで続くのだろうか。
胸が苦しく痛かった。
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