第12話 帝国軍

 ──ドォン!


 外で大きな爆発音がした。爆風で孤児院全体が揺れている。鼓膜がビリビリと痛んだ。


「な……!」

 食堂内の明かりはチカチカと明滅し、子供たちが叫び声を上げる。


「何!?」

「門の方からよ……。一体何かしら……」

 シスター・ナイトレイは窓から外を確認した後、子供たちに落ち着いて机の下に隠れるように指示する。みんなは震えながらも、シスターの言いつけを守って机の下でじっとしている。


 僕とアンリは、窓から外の様子を窺う。門に近い場所にある家々が燃え、夜の空に黒煙が昇っているのが見える。

 炎の明かりで、何か巨大な建造物のようなものが確認出来た。


「アンリ……。あの赤い建物みたいなのは……」

 一体何? そう聞こうとアンリのほうを見れば、彼女はひどく青褪めて手で口元を押さえていた。その肩はガタガタと震えている。


「帝国軍……」

 とても小さな声だったけれど、ハッキリと聞こえた。


 帝国軍。冒険者ギルドで知った言葉だ。その帝国軍が、ルイユの村に一体何の恨みがあってこんな事をするのか?


 炎はさらに村の中へと広がっていく。そして、その明かりが強くなってハッキリとした。僕が建物だと勘違いしたのはどうやら巨大な乗り物のようだ。


「シスター! 子供たちを村の外へ!!」

「こんなに暗い中で子供たちを連れて外へ逃げるのは危険だわ!」

「あいつらに捕まるくらいなら、外で魔物に喰われる方がマシよ!」

 アンリの必死の訴えに、シスターは裏門の方を確認しに走る。


「グレイ、キミもみんなと逃げて」

「アンリは?」

「あいつらきっと……私を捜しに来たんだ」

「……え?」

 やはりアンリの言っていた追手は、帝国軍だったのか?

 私を捜しに来たって、アンリは一体、やつらに何をしたんだ?


「駄目よ、アンリ! 裏門の方からも火の手が! すぐに兵士がこちらへ来るわ!」

 シスター・ナイトレイが食堂へ入ってくるなり言った。アンリの表情が引き攣る。


「やつら、私たちを皆殺しにするつもりだ……」

「皆殺しって……」


 僕たちの会話を聞いた子供たちが大声で泣き叫ぶ。シスター・ナイトレイは机の下に隠れていた子供たちに地下室へ隠れるように言った。


「地下に隠れたって、すぐに見つかるよ! 何とか外へ逃げられないの!?」

「もはやこれしか手段は無いわ」

 地下室へと走って向かう子供たちを見ながら、シスター・ナイトレイは静かに言う。


「アンリ、グレイ……。二人も子供たちと地下へ隠れるのよ」

「だから、そんなの無駄だって……! 私が出て行って時間を稼ぐから……!」

「アンリ!」

 取り乱すアンリの肩に両手を置いて、シスター・ナイトレイは真剣な表情で続ける。


「何があっても外へ出ては駄目よ。貴女には子供たちを守るという使命を与えます」

「シスター……」

「良いわね、アンリ。今はその時では無いわ」

 シスター・ナイトレイは畳み掛けるように言う。


「ご両親が貴女に託した希望を絶やしては駄目よ」


 彼女たちが一体なんの話をしているのかは分からなかったが、シスター・ナイトレイの表情を見るに、とにかくアンリを地下室へ連れて行くべきだと思った。

 窓から見える兵士たちも孤児院へと近付いてきていたため、僕はアンリの腕を掴んで地下室の方へと走る。


「グレイ! アンリと子供たちを頼みましたよ!」

 後ろからそう聞こえたが、僕は振り返らなかった。シスター・ナイトレイとは、きっとまた会えるはずだ。これで最後なはずは無いのだから。




 物置部屋の床にある地下へ続く扉を開き、アンリを先に押し込む。階段を降りた先の地下室は暗く、ほとんど何も見えない。奥へと進むと、少し明るい場所があった。丁度この上に食堂があるのだろう。先に地下室へと逃げ込んでいた子供たちの怯える姿が見えた。子供たちは僕とアンリを見つけると、抱き着いてくる。


「大丈夫だよ」

 しゃがんでから小声で告げる。


「シスターは……?」

 ハンナが震えながら言った。


「大丈夫。後から来るって」

 そんなこと、シスター・ナイトレイは一言も言っていなかった。けれど、僕にはそう言うことでしか子供たちを安心させられないのだ。


 上の階でドアが蹴破られる音がして、子供たちは口を強く押さえて息を潜めた。板の隙間から射し込む光がところどころ遮られる。数人の帝国軍の兵士が中へと入ってきたのだと思う。


「……こちらは田舎の村の孤児院ですよ。帝国軍の方々が一体何の御用でしょうか?」

 シスター・ナイトレイの声が微かに聞こえる。


「う〜ん。それ、聞く必要あるかな?」

 若そうな男の声だ。


「理解している筈だよねぇ。ナイトレイ。キミは逆賊であるクレマティスと深い関わりがあった」

「さあ……。何のことでしょうか?」

「とぼけるつもりかな? 一人を差し出せば、他の命は助けてあげても良いんだよ」


 一人、というのは恐らくアンリのことなのだろう。僕はシスター・ナイトレイとアンリの会話を思い出していた。詳しくは知る由もないが、二人は僕と同じく『訳アリ』なのだ。


 アンリが階段の方へ向かおうとする。僕は強く彼女の腕を掴んだ。男の言う事を信用してアンリが出ていったところで、皆殺しにされる。僕はアンリの瞳を睨みつけて、首を横に振る。


「残念ながら、此処にはすでに私しか居ないのです。子供たちは今頃、村の外へ出て散り散りに逃げているでしょう」

 シスター・ナイトレイの声音には怒りも悲しみも含まれていない。どのような鍛錬を積めばあそこまで冷静になれるのだろうか。


「嘘、だねぇ……」

 男は間髪入れずに言った。


「!」

 シスター・ナイトレイから動揺は感じ取れなかったが、男のすぐ下にいる僕たちは怯えた。それでも誰一人、声は上げなかった。


「怯えた鼠たちのニオイがするものねぇ」



 ──ガッ!!


 僕のすぐ目の前にギラリと光る切っ先が現れた。男は剣を床に突き立てたのだ。頭上から漏れる明かりで、刃に映る僕の怯えた瞳がよく見えた。

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