第9話 謎の男

 ビッグベアを冒険者ギルドに売り渡すには冒険者登録が必要らしい。

 僕は当然そんな登録をしていなかったので、アンリに代わりに換金して貰った。

 ビッグベアというのは、そう簡単に討伐できる魔物ではなかったようで……。

 酒場を兼ねている村の小さなギルド内では、僕とアンリに対して拍手喝采が巻き起こっていた。


「二人とも、まだ若いのにやるじゃないか」

 ベテランの冒険者──といっても冒険より魔物狩りに重きを置いているようだ──から、褒められた。向こうの世界では褒められることなんかほとんどなかったので、なんだかくすぐったい気持ちになる。


「私はほぼ何もやってないよ! 凄いのはこの子!」

 アンリからずいっと前に押し出される。僕にたくさんの視線が集まって、緊張してしまう。


「こんなに小さいガキが?」

「本当にあのビッグベアを?」

 みんなは当然アンリが仕留めたと思っていたのだろう。僕をマジマジと見つめて信じられないという顔をしている。


「魔法の素質があるのよ」

 アンリは鼻高々だ。そういうの恥ずかしいからやめてほしい。……嬉しいけど。


「こりゃ、大魔術士タバサの再来かもしれんなぁ」

 白いヒゲをたくわえた逞しいおじさんが言う。


「国のどこかで勇者が待っているってか」

 その隣に座っていた酔っ払いのおじさんは、お酒を呷ってカカカと笑う。


「よしてよ。勇者が存在するってことは、同時に魔王も存在するってことだよ」

 アンリが手を振る。


「魔王……?」

 僕は首を傾げる。


「そ。光あるところに闇あり! 勇者が生まれれば魔王も生まれる。世の中そういう風に出来ているのよ」

 うんうんと一人納得しているアンリ。

 冒険者たちは大声で笑った。中には笑いすぎて涙を浮かべている者もいる。


「お嬢ちゃん、まさか伝説を信じているのかい?」

「なによ〜。悪い?」

 頬を膨らますアンリ。彼女はたまに子供っぽいところがある。


「いや、いや。悪かねぇけどな」

「こんな平和な村にはな〜んにも関係ないわな」


「関係ないと言い切れるかしらねぇ。帝国軍がすぐそばまで迫っているという噂もあるわ」

 色っぽい冒険者の女性が思い出したように呟くと、辺りは静まり返る。

 隣にいるアンリが纏う雰囲気もどこか刺々しく感じる。


「よせよ。酒が不味くならぁ」

 酔っ払いのおじさんは酒を飲み干すと、フラフラと出て行ってしまった。


 帝国軍……とは何だろう。そういえばアンリは追手から逃げて来たと言っていたっけ。何か関係があるのかもしれない。

 そっとアンリを表情をうかがう。その目が何を見つめているのか、僕には分からなかった。




 *




 ビッグベアを換金したお陰で暫く食費に困らないどころか、孤児院の修繕工事まで出来るらしく、シスター・ナイトレイはここ数日上機嫌だ。

 僕は、危険なことをしてそれはそれはこっぴどく怒られると思っていたので、拍子抜けだった。



 ──時刻は夕方。


 僕たちはシスター・ナイトレイに頼まれて村の中心部へ買い物に来ていた。渡されていたメモには、食料や生活用品の名前が羅列されている。


「それにしても、ビッグベアってそんなに凄い魔物だったんだ」

 陳列されている果物や野菜を横目で見ながら、アンリに話しかける。


「あれは森のヌシだったらしいわ」

「そうなの!?」

 倒してよかったのだろうか。ヌシを倒したことで森の魔物たちは今頃大騒ぎしているかもしれない、などと考える。


「……なんか、今日は村が賑やかだね」

 いつもの穏やかな空気と違い、どこかみんなソワソワとして、盛り上がっている気がする。


「お祭りだもん」

「お祭り?」

「いつもは見かけない行商人たちも集まってるでしょ?」

 そう言われれば、そうだ。見たことのない人がチラホラと村の中を闊歩している。村では見ない、個性豊かな服装は見ているだけでワクワクする。馬や大きな亀に引かせた屋台と露店のようなものもある。


「そういう面白そうなことは先に言っておいてくれないと」

「キミ、察しが良いから気付いてると思ってた……おチビさんたち浮かれてたし」

 昨日の夜、子供達が何やら浮かれていたことを思い出す。


「あの子達、キミには内緒にしておいて驚かせたかったのかも」

「ははぁ。なるほど……」

 ということは、子どもたちの前では祭りのことは知らないフリをしたほうが良いよね。


「メモ貸して」

「あ、うん」

 アンリに言われた通りメモを渡す。僕は近くの店先の棚に並べられた綺麗な小物に気を取られていた。


 母さんが大切にしていた小物入れを思い出す。キラキラして宝箱のように見えて、とても羨ましかったっけ。


 そんなふうに物思いに耽っていたら、アンリとはぐれてしまった。

 うん。ぼーっとしていた僕が悪い。


 彼女はまだその辺にいるはずだ、そう思ってウロウロしてみることにした。


「そこの少年」

 低い声で話し掛けられた。声の方向を見ると、建物と建物の間にテントを張って怪しげなアイテムを並べているローブ姿の男性と目が合った。

 見るからに変なものを売りつけられそうだ。逃げたい。

 しかし、何かしら困っていることでもあるのかもと思い直し、彼に近付く。


「……何かお困りですか?」

「とんでもない。お困りなのは君の方だ。違いますか?」

「えっ」

 こういう風に誘導して、人を騙す人間がいることを僕は知っていた。


「いいえ。僕は困ってなんかいません」

 こういう時は、ハッキリと断るのが大事なのだと言っていたっけ。


「本当に?」

「ええ」

「なるほど。それは良かった。では……」


 男はたっぷり間をおいて言った。


「君の出自に関しては?」

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