第7話 魔法の素質
カーテンの隙間から差す光に照らされて、ベッドの上で目が覚めた。孤児院のベッドは簡素だが、寝心地はそこまで悪くなかった。何より疲れていたためよく眠れた。
欠伸をして、とりあえず食堂へと向かう。歯磨きや洗顔をしたいが、どこに何があるのか分からなかったからだ。
「おはようございます」
食事の準備をしているシスター・ナイトレイの背中に声を掛ける。彼女は振り向いて挨拶してくれた。こうやって普通に朝の挨拶をしてもらうのも、久しぶりだなと思った。
「アンリはまだ眠っているのかしら。グレイ、悪いのだけれど彼女を起こしてきてもらえる?」
「あ、はい。勿論」
アンリが寝ている部屋は、あの物置部屋だろう。随分と散らかっていたけど、眠る場所の確保は出来たんだろうか?
部屋のドアを数回叩く。
「はーい……」
叩き起こされて不機嫌そうな声が部屋の中から聞こえた。
「アンリ? シスター・ナイトレイが呼んできてってさ」
そう言うと爆速で部屋の扉が開く。出て来たアンリの顔は青ざめている。頭もボサボサだ。
「……怒ってた?」
「え? ……いや、特には……」
「そっか……」
安堵したのか、彼女は髪を手で梳かしながら食堂へと向かっていく。その後を僕は静かに歩く。
そういえば昨日ハンナが、シスター・ナイトレイは怒ると怖いと言っていたっけ。アンリは彼女に何か怒られるようなことでもしていたのだろうか。
「そういえば歯磨きと洗顔する場所教えてなかったね。向こうだよ。行ってきなよ」
「…………アンリは一人で大丈夫?」
「え? なんでそんなに脅すの?」
「いやぁ……そんなつもりないけど……」
アンリが怖がっているのを見るのはちょっと楽しい。
僕とアンリは廊下で別れて、それぞれの目的の場所へと向かった。
顔を洗った後、桶に汲まれた水をじっと見つめる。厳密に言えば、水に映る自分の顔を見つめていた。やっぱりあの街の川で見たとおり、僕は
これは喜ばしいことなのだろうか。
昨日ハンナの新しい家族の話を聞いて、素直に羨ましいという気持ちが芽生えた。同時に、母さんが恋しくて堪らなくなった。
あれだけ酷いことを言われていたのに、母さんに会えないとなるとやはりさみしいのだ。僕は母さんを愛しているのだなぁと思った。いや、優しかった母さんの思い出を愛しているのかもしれない。
「考えたところで、ね……」
僕はもう一度冷たい水で顔を洗って、涙を隠そうとした。
*
「暫くここで過ごしてはどうでしょう」
お昼前、子供達が外で遊んでいる時にシスター・ナイトレイにそう提案された。
嬉しい提案だけれど……。
「迷惑じゃありませんか」
「何いってんの! 子供のキミがそんなこと考える必要ないって!」
アンリが即答する。シスター・ナイトレイも微笑んでいる。
「むしろ、孤児院や村のお手伝いをしてほしいのよ。人手が足りなくてね。ほら、アンリはこんな風でしょう?」
「ちょっとそれどういう意味?」
「頼りにならないという意味よ?」
「直球で言われると傷付く〜!!!」
アンリが机に突っ伏す。僕は思わず吹き出した。
「ここで過ごせたら、すごく楽しいだろうなって思います。そもそも行くあても記憶も無いですし……」
「じゃあ……」
「ここで暮らしたいです。お願いします」
深く頭を下げると、ワシャワシャと髪を混ぜ返された。
「ちょっと、アンリ……!?」
「孤児院の生意気なちびっ子見てるとキミって可愛く思えるんだよね!」
「アンリ、犯罪よ」
シスター・ナイトレイは微笑みながら釘を刺す。
「そーいう意味じゃないもん」
アンリは膨れる。
「あの、僕はこれから何をしたら良いでしょうか」
僕は具体的な指針が欲しかった。そのほうが効率よく動けると思ったからだ。
「そうね……。孤児院で一番の問題は食費関連です」
今はギルドで魔物を買い取ってもらえなかった冒険者から安く譲ってもらっているらしいけれど、子供たちをお腹いっぱい食べさせるにはそれでも負担が大きいらしい。
「そうなると……僕の仕事は魔物狩り、ですか?」
シスター・ナイトレイが頷く。
「グレイ。あなたには魔法を扱える素質があります」
「魔法を? ……僕がですか?」
魔法っていったら、シスター・ナイトレイが使っていた怪我を治す不思議な力がそうなのだろう。それを僕が扱える素質がある……?
「ある程度、鍛錬を積めばわかるようになるものよ」
「そういうものなの……?」
アンリに耳打ちされる。魔法なんて昨日見たのが初めてだからイマイチ実感がわかない。
「まずはツノウサギを狩れるように初級魔法を習得してもらいます」
にっこり。今のシスター・ナイトレイの笑顔はちょっと不気味だ。
彼女は突然、指先に炎を灯してみせた。マッチも何も仕込まれていないのに、本物の炎がそこにはあった。
「これは初級炎魔法アッカ。……の無詠唱、しかも魔力を最小限に抑えたものです」
シスター・ナイトレイは「簡単でしょ?」とでも言うようなトーンだった。
「むえいしょう……? さいしょうげん……?」
「ま、頑張ってね。グレイ」
頭の上に大量のクエスチョンマークを飛ばす僕の肩に、同情するような表情をしたアンリが手を置いた。
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