第6話 家族
僕とアンリが食堂に入った頃には、子供たちはみんな席についてお皿の中を覗き込んでいた。
「二人も早く座って」
シスター・ナイトレイに促されて、アンリが端の席に座る。僕が立ち尽くしたままでいると、「遠慮しないで座りなよ」と、アンリから向かい側に座るように言われた。
湯気が立っている木製のスープ皿に目が釘付けになった。温かそうで、美味しそうだ。こんな風なご飯を食べるのは、いつぶりだろう。
中身はシチューに見えた。とろみがあって、白くて、野菜と肉が入っている。
「今日はね、ツノウサギのシチューだよ」
隣に座っていたハンナがこっそり教えてくれた。
「ツノウサギ?」
「グレイお兄ちゃん、ツノウサギ知らないの?」
「うん」
「角が生えたウサギさんだよ」
ハンナはニコニコと笑っている。
角が生えたウサギさん……? それって、村に来るまでの道中で見た魔物じゃ……?
「グレイ、まさか魔物を食べたことないの?」
アンリが興奮気味に言う。
「無いよ」
「うっそ。じゃあ、いいトコの子なんだね」
「いいトコの子?」
僕が? まさか。
「魔物食べたこと無いなんて、超絶お金持ちの家の子しかあり得ないって」
この世界では魔物を食べるのは当たり前のことらしい。
家畜化されている魔物も存在するのだとか。今日のシチューのツノウサギは、冒険者から買い取ったものだとシスター・ナイトレイが教えてくれた。
いただきますを言ってから、スプーンでシチューの肉を掬う。
……魔物かぁ。
結構勇気がいる。けれど、あの街からルイユの村まで歩いてお腹が空いていたし、なによりとても美味しそうな匂いの誘惑には勝てなかった。僕は意を決して口に肉を含んだ。咀嚼する。食べ応えのある食感で、臭みなどはなかった。
「……おいしい!」
「良かったわ。お口にあったみたいで」
「僕、こんなに美味しくて温かいご飯を食べるのは久しぶりです」
「そんなに長いこと一人であの街に居たの? 家出?」
サラダをフォークで刺しながら、アンリはそう言った。
「家出というか……」
「何よ」
「……僕、あまり記憶がなくて」
──嘘だった。
こことは違う別の世界から来ただなんて本当のことを言ったって信じてもらえないだろうし、何より僕が誰かを犠牲にして『召喚』されたのだと知られたら追い出されるかもしれなかったから。
「それって思い出がなくなっちゃったってこと?」
隣のハンナは困り顔だ。
「……そういうことになるのかな。名前くらいしか覚えてなくて」
どの道、この世界では今までの世界での常識は通用しないのだ。全部イチから覚えていかなければならない僕は、赤ん坊のようなものだった。
「武器も魔法も使えないで、ずっとあの街に居たの?」
「記憶があるのはここ数日だけだよ。それ以前はどこで何をしてたか思い出せないんだ」
僕がそう答えると、アンリはシチューに視線を落とした。僕に対して何と言葉をかけるべきか迷っているのだろう。
「詳しい話は後日しましょう。先に食べて。冷めてしまいますから」
シスター・ナイトレイにそう言われて、僕たちは楽しい食事の時間に戻ることにした。
*
食後、僕は外の空気を吸いにデッキへと出ていた。夜の空気は冷たくて美味しい気がした。
「悪かったわね」
アンリが隣にやってくる。
「悪かったって、何が?」
「ほら、キミのこと色々と聞こうとしたじゃない。記憶がない相手に失礼なことしちゃったなと思ってさ」
「ああ……。良いよ、別に。僕は気にしてないから」
「……両親のこととかも、思い出せないの?」
「えっ?」
「名前くらいしか覚えてないって言ってたでしょう」
「……うん」
母さんのことはハッキリと、朧気だけど父さんのことも少しは思い出せる。アンリに嘘をつくのはあまり気分が良くなかったけど、僕は嘘をついた。
暫く無言の時が流れる。
「……寒くない?」
「……結構寒い」
二人で笑いながら室内へ戻った。
「あ~! アンリお姉ちゃんずるい! 私もグレイお兄ちゃんとお話する〜!!」
ハンナが勢いよく抱き着いてくる。
「全くハンナは面食いなんだから」
「へへへ……」
……僕はこんなに小さな女の子に狙われるほど美形になったのか。外見で気に入られるというのは、なんだかちょっと複雑だなと思った。
「じゃ、私は風呂にでも入ってきますかね」
「あ、ちょっとアンリ……」
「ねえ、お休みの時間まで絵本を読んで!」
ハンナは手に持っていた絵本を僕に差し出す。そのまま手を掴まれてソファへと連れて行かれた。
「絵本を読むといってもなぁ……」
僕はこの世界の字が読めないのだ。
「じゃあわたしの話を聞いて!」
キラキラと目を輝かせるハンナの勢いに押されて、僕は頷くしかなかった。ハンナとは色んな話をした。ハンナの好きな色や遊びのこととか、シスター・ナイトレイが怒ると怖いということとか。
「とっておきの話を教えてあげるね」
ハンナに耳打ちされる。
「わたしね。新しいお父さんとお母さんが出来るの」
そっか。
ここは孤児院だから、そうやって子供たちを引き取る大人がいるんだ。
「おめでとう、ハンナ」
「うん! ……でもね、少し怖いんだ」
「どうして?」
「ちゃんと『家族』になれるかなぁ……って思うの」
ハンナの戸惑いが、なんとなく理解できた。
だから、ハンナをぎゅっと抱き締めた。
「大丈夫。ちゃんと『家族』になれるよ」
──きっと、とっても良い家族になれる。
僕はハンナに自分の夢を託したかったのかもしれない。
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