第5話 光の絆
家に転がり込んできたスライムの名づけをすることになったわけだが、このスライム……手ごわい。もう百回は名前を提案したが、ことごとく却下された。心折れるぞ。
「――もう、どういうのがいいんだよ!」
「もっと女の子っぽい名前にして」
「お前、やっぱり女なのか」
「ぶっ潰すわよ」
「……すまん」
「次はないから」
この出来損ないの蛇みたいなスライム……頭突きも首絞めも大したことないのに妙に迫力があるな。俺の光に飛び込んで自信をつけたらしい。
結局、俺たちは日が暮れるまで「あーでもないこーでもない」し続けた。
「はあ……はあ……なんだったらいいんだよ! 『スライ』!」
「種族名から最後を削っただけじゃない。却下よ。それなら『ライム』の方がまだましね。それでも却下するけど。犬とか猫につける名前みたいじゃない? そもそも、なんだか女の子っぽくないわ」
「くそがよッ!」
「もっとアタシのことを大切に想って名前をつけて。あんたの親だって大切に想ってつけてくれたんでしょ?」
「お、お前なあ……!」
「これからずっと一緒に暮らす女だと思って名前をつけて?」
「……
「ふざけないで」
「もういっそふざけさせてくれ!」
「短く呼ぶときはかわいいのがいいな」
「ちょっと長めの名前ってことな……?」
「でもスライムって感じもほんのちょっとだけ欲しいのよね。でもぱっとスライムって分かるのはだめ。『スラリーネ』とか嫌よ?」
「注文多すぎだろお前ェ……! お前がつけろォ!」
――夜も更けた頃。
俺は、ようやくその名を絞り出した。
「今日はこれで最後にしてくれ……『スレアライン』。短く呼ぶ時は、『スレア』って呼ぶ……どうだ」
「……」
はあ、名づけは明日まで持ち越しか……。
「いいんじゃない?」
「……え?」
「音の響きが女の子っぽいわ。スライム感についても『スラ』を『スレア』に変えたのが伝わってくるわ。パッと聞いてもスライムって分からないし」
「え、まじか?」
「まあまあね」
「う、うおおおお――」
「――しゃあッ!!!」
「ちょっと! 急に叫ばないでよ! 『破ァ』されたかと思ったじゃない!」
「これで名づけ地獄から解放される……!」
「は? 地獄……?」
「あははは……破ァッ!!!」
「ちょキャアアアアッ!!!」
――やってしまった。勢いで『破ァ』してしまった。そのせいで、スライム……いや、スレアラインを怒らせてしまった。
「アタシ帰る!」
「帰れ帰れ!」
売り言葉に買い言葉でつい帰れと言ってしまったが、後悔してももう遅い。あいつ、ほんとに帰っちまった。
「あいつ、名前をもらったからもう来ないなんてことないよな」
切り株のテーブルに突っ伏していると、べたべたと這い寄る音が聞こえてくる。この音は――
「――なんで帰ってきたんだよ」
しゅんとしたスライムがそこにはいた。相変わらず出来損ないの蛇みたいに鎌首をもたげて、俺を見上げている。
「名前をくれて、ありがとね」
「あっ……うん。どういたしまして」
「……ただいま、ルクス」
「……おかえり、スレア」
なんで『ただいま』なんだよ……なんてことは、言う気がしなかった。なぜか自然と『おかえり』って言葉が出てきたんだ。
名づけで疲れ切っていた俺たちは、とりあえず寝ることにした。俺が適当に作ったベッドで寝ようとすると、「なにこれ、壊れない?」とか言いながらスレアも潜り込んでくる。
「心配なら床で寝ろ」
「あら、アタシはスレアラインよ?」
「いや、だからなんなんだよ」
「にひひひ……」
「あ、こら! 首に巻き付くな!」
「いいじゃない別に」
……もう知らん。
朝起きると、スレアの奴がとんでもないことをしていた。
「ふぎぃーッ! ふぎぃーッ!」
「……なんで俺、また首絞められてんだ」
全然苦しくないが。
「ふぎぃーッ! 『糞雑魚スライム』って言ったこと許してないんだからッ!」
「いつの話だよ」
「昨日よ! あと『帰れ』って言ったことまだ謝ってもらってないッ!」
「お前が『帰る』って言ったんじゃねえか!?」
「『行かないでくれ』って言ってほしかったの!」
「めんどくせえな!?」
ひとまずスレアの奴を首から引っぺがそう。
「いやぁッ! どこ触ってんのよ! 変態!」
「だから俺はどこを触っているんだっての」
この調子だと俺は一生首を狙われるんじゃないか。
俺たちは言い争いをしながらも、軽い朝食の時間を共にすることにした。いったん食事の席に着くと、なんだかんだ落ち着くもんだ。
「ルクス、この燻製肉まあまあ美味しいわ」
「それはなによりで」
切り株の上とはいえ、スライムが行儀よく木の皿に乗った肉を食べているのは妙な感じがする。まあ、手はないから犬か猫みたいに食ってんだけど。
「なにじろじろ見てるのよ」
「いや、なんか行儀がいいなって」
「嘘よ、絶対『犬か猫みたいに食ってるな』って思ったでしょ」
「……はは」
「ぶっ潰すわ!」
「やってみ」
女の勘というものがスライムにも当てはまるのかは知らないが、スレアラインも勘がいいようだな。
「えいッ! えいッ!」
この頭突きを強くするにはどうすればいいのか。
「そんなことよりお前……仲間はいいのかよ」
「えいッ! え……お前じゃなくてスレアでしょ」
細かいな、このスライム。まだ慣れないんだよ。
「……スレア、仲間はいいのかよ。あんなに仲間の元に帰りたがってたのにさ」
「アタシは仲間とはもう繋がれたから、大丈夫。離れていても、仲間は仲間だもの」
「……そういうもんなのか」
「そういうものよ」
……スライムのことはよく分からん。
「でも困ったわ……みんなが『アタシ』になってしまったの」
「……?」
「アタシたちって、心が繋がってるのは知ってるでしょ?」
「いや知らないが……それで?」
「みんなは『アタシ』になって、落ち着いたわ。もうアタシのことをいじめないし」
「……良かったな?」
「だけど、アタシはずっとアタシのままなの。他の『アタシ』とは違うまま……アタシ、みんなと一つになれたのか、独りのままなのかよく分からなくなっちゃった」
……なんだかよく分からないが――
「――辛いんだな。お前も」
「……にひひ。だけど、あんたがアタシに名前をくれた。だから、あんたはアタシのことをアタシとしてみてくれる。それでアタシは幸せ」
「……そうかよ」
「そうよ」
スライムにとっての幸せってなんなんだろうな。
「ねえ、ルクス」
「おう?」
「名前があるって素敵ね。なんだか生まれ変わった気分」
「そいつはよかったな」
「これでアタシとルクスは同じよね?」
「名前があるという意味ではな」
「なによ、つれないんだから」
言いながら、スレアは俺の手に小さな頭をのせる。
「アタシ、世界で一番強い女になるわ」
そう言った直後、スレアの身体が光だした。目の前が真っ白になったが、まぶしくはない。ただ温かく、この光に身を任せたくなった。
一瞬のことだったのだろうか。スレアが頭を持ち上げると、俺の顔をまじまじと見つめてくる。
「ルクス……あんた、アタシに何したの?」
「何って……お前こそ何したんだ」
「?」
「?」
二人して首をかしげて数秒後、スレアは何かひらめいたように全身を持ち上げた。
「なんかできそう」
「なんかって、何を」
「見せてあげる」
「だから何」
「破ァァァァァッ!」
「なにを!?」
急に光りだしたスレアに俺は驚いた。だが、一番驚いたのは光ったことではない。
「どうよ!」
「いや……ちっさ」
出来損ないの蛇めいた身体が……人の形に変化して横たわっていた。というか、まさしく喋る小さな人形だ。
「なんで寝転がってんだよ」
「気にしないで」
ダイヤのように光を反射する髪が、複雑な色できらめいている。髪もそうだが、青い瞳も吸い込まれそうなほどに深い色をしていて、綺麗だった。
水を羽衣にしたような白いワンピース姿で、長めの袖の部分は薄く軽やか――まるで水を通して見るように白い素肌が透けて見える。ロングスカートの端に近づくにつれて布が薄くなっていくが、不思議と品があった。
ちょっと美人すぎやしないか?
……言わないが。
「ねえねえ、かわいい?」
「ん……まあまあだが」
「やった」
「……ちっさくない?」
「胸をもうちょっと盛ればいいのね」
「そうじゃない!」
「どう?」
「……おぅ。じゃなくて、全体的に小さいって話だ」
「それはまた今度ね。アタシだけじゃ足りないから、『アタシたち』と合体するわ」
「……なるほど?」
「あー、胸にお肉を寄せたからウエストが引きしまっちゃう」
「生々しい言い方をするな」
というか、スライムってここまで人間の姿を真似ることができたのか……? これって……人間にとってやばくないか?
いや……それよりも――
「――スレア……お前さっき『世界で一番強い女になる』って言ってたけどさ」
「言ったわ」
「強くなってどうするんだ」
「アタシ、みんなと繋がりたいの。強くなれば、みんながアタシのことを認めてくれるでしょ」
「……お前の言う強さって、なんだよ」
「うーんと」
「お前、考えてないのか」
「考えてるわ。そうね――」
何か、恐ろしいことを言うんじゃないかと不安だった。だからつい、聞いてしまったんだ。スレアラインの求める強さがなんなのか。
「――何があっても負けを認めないことよ」
……心配して損した。
「もう強いじゃねーか」
「ありがと。まあ、ついでにあんたをぶっ潰せるくらいの力があってもいいわね」
「おい」
まったく、いちいち物騒な女だ。そんなに強くなってどうすんだよ。
「……なあ、スレア」
「んー?」
「お前さ、まだ誰かと繋がりたいんだな」
「……え?」
「人間とかスライムとか、どうでもいいんだろ」
「……それってどういう意味?」
「自分で言ってたことだろ。もう寝るわ」
「え、ちょっとぉ!」
俺はスレアの「ねえねえ!」は無視することにした。
いちいち言わなくたって分かることが、世の中にはある。
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