第4話 理想の高いスライム
小鳥のさえずりと共に目覚める朝は、ブヨブヨ、しっとりとした違和感と共に訪れた。
「なにしてんの、お前」
「ふぎぃーッ! ふぎぃーッ!」
出来損ないの蛇めいたスライムが俺の首を絞めようとしている。が、ただの枕代わりにしかなっていない。
「なんでだろうな。お前が喋ってても、もう違和感ないわ」
「適応って大事よ。アタシたちは同族に適応できてないけど」
「一言多いぞ」
「減らず口のスライムだもの」
奇妙な話だ。人間から追放された人間と、スライムから追放されたスライムが一緒にいるんだからな。
「どう? そろそろ苦しくなってきたんじゃない?」
そんな言葉を吐きながら、このスライムは俺の首を締め上げようとするが――
「――痛くもかゆくもないとはこのことだな」
「ふぎぃーッ! ふぎぃーッ!」
このスライム、やはり絶望的に弱い。
「お前、まさか一晩中俺の首を絞めてたんじゃないよな」
「まさか」
「だよな」
「三時間前くらいからよ」
「……嘘だろ」
「ふぅ、今日のところはこれくらいにしといてあげる」
スライムがくたっと倒れたが、すぐに首だけ持ち上げる。
「ねえ」
「おう」
「アタシ、心の準備ができたわ」
「本当に大丈夫か」
「弱いスライムじゃないもの」
「そうか」
こいつはどうしても仲間の元に戻りたいらしい。自分を痛めつけた奴らのところに行こうとするなんて、物好きな奴。
「ねえ」
「なんだよ」
「アタシがいなくなったら、寂しい?」
「は、はあ?」
「ねえねえ、寂しい?」
「は、破ァァァッ!!!」
「キャアァァァッ!!!」
つい、衝動的に光を放ってしまった。
「ちょっとあんた! 照れ隠しに『破ァ』しないでよ!」
「ついうっかり。あと照れ隠しじゃない」
「ついうっかり、じゃないわよ!」
「だけどお前、ちょっと耐えれたな」
「あら、本当ね」
「じゃあ行くか」
「そうね、そうしましょ」
湖のほとりの近くにも洞窟があって、そこにあいつの仲間がいるらしい。だから、逃げ場のない洞窟に追い込めば、あいつの勇気を他のスライムたちも見逃さない……って、そういう話だ。
スライムの洞窟に入って早々、あいつは飛び込んでいった。あいつの言う仲間とやらは、あいつを見るなり頭突きを始める。
「くそ……あんな奴らのことなんて、どうでもいいだろ」
あーあ、嫌な奴らの顔も思い出しちまった。ジューダス、ブロータス、モルガ、それから……ああもう、名前も記憶から消えてほしい。
「けど……お前はまだ、頑張りたいんだよな」
だったら、俺はお前の手助けをしてやる。ちょっとだけな。
「破ァッ!!!」
さあ、恐れおののくがいい! スライムども!
震えるスライムの群れの中から、一匹のスライムが光に突っ込んでくる……はずだった。
「なっ!?」
びびってんのか? 他のスライムと同じように洞窟の奥に逃げて……。
「そんなに……俺が怖いか」
それだとお前は強くなれないんじゃないのか?
お前がなりたかった強いスライムになれないんじゃないのか?
「おい! ビビってんのか!」
「……!」
「逃げるなッ! 逃げたらお前は弱いスライムのままなんだろッ!?」
「あんただって人間から逃げたくせにッ!」
「なっ、てめえッ! さては口だけ強いスライムだなッ!」
「うるさいッ! アタシは……アタシは……ッ!」
そうだよ……お前は……!
「アタシは……強いスライムだあああぁぁぁぁッ!!!!」
――これで良かったんだよな。
薄暗い洞窟に、一匹の
あいつは仲間のスライムたちの前で俺の光に飛び込んだ。死ぬほど怖い思いをして、仲間を勝ち取った……それだけの……話。
「はあ……」
なにため息ついてんだ、俺。よかったじゃねえか。あいつが仲間に認められて。
「あいつ、今頃なにしてんだろうな」
俺はあれから拠点を移し、魔界のおそらく真ん中あたりで暮らしている。おんぼろな小屋を建てて、まあ、そこそこに快適だな。
魔界の中心に行くのはそこそこ大変だったし、道中に凶暴な魔物と出くわすことも多かった。だが、俺の【破光】にかかればなに、大したことはない。みんな逃げていった。
オークも、
「破ァッ!!!」
バジリスクも、
「破ァッ!!!」
ケルベロスだろうが、
「破ァッ!!!」
ワイバーンだろうが、
「破ァッ!!!」
みんな……逃げるんだよ。俺の近くには、誰も近寄らない。誰も……あいつだってそうだ。
「そっか――」
「――俺……あいつに期待してたのか」
「誰に何を期待してたの?」
「あいつだよ。あのスライムが……俺の側にいてくれるんじゃ……ないか……って」
「それってアタシのこと?」
「……は?」
夢でも見てるのか。なんでお前がここにいるんだよ。
「ねえ、それってアタシのこと?」
「はは、俺……夢にまであいつを見るなんて、ついにおかしくなったみたいだな」
「ねえねえ、それってアタシのことじゃない?」
「このしつこさ、もはや懐かしいな」
「ねえねえねえ、絶対アタシのことでしょ?」
「は、はは……」
「ねえねえねえねえ」
「はは破ァァァァッ!!!」
「キャアアアアアッ!!!」
つまるところ、それは俺の夢ではなかった。
「なーんだ、やっぱりアタシに期待してたんじゃない。照れ隠しの『破ァ』までしちゃって。死ぬかと思ったわ」
最悪だ。こいつに余計な弱みを握られた。
「お前……何しに来たんだよ」
「なんか光が見えたから」
「『ちょっとそこまで』みたいに言ってんじゃねえよ」
「なんかそれ、前にも聞いたわね」
「そうか?」
「そうよ?」
「……あはは」
「……にひひ」
「……とりあえず、俺の家に来るか?」
「……いいわね、お邪魔しようかしら――」
「――なにこのオンボロ小屋。これなら洞窟の方がいいんじゃない? センスってやつに欠けるわね」
「うるせえ。住めればいいんだよ住めれば」
こいつを家に呼んだら、馬鹿にされることなんて分かっていたのに。俺としたことが……少し、浮かれていたらしい。
「けど、この切り株のテーブルは悪くないわ。素材の味がそのまま活きているもの」
「俺が手を加えたところは全部だめって言われたような気がするが」
「気のせいかしらね。木のせいかもしれないけど」
「こ、この――」
――好き放題言いやがって!
「……
「なんですってッ!!? もういっぺん言ってみなさい!!?」
もういっぺん言うと、案の定非力な頭突きを腕にくらった。こいつはもう、別の攻撃を学ぶべきだろうな。
「それで、実際なにしに来たんだ?」
唯一褒められた切り株のテーブルの上にいる、半透明で出来損ないの蛇みたいな減らず口の、口ばかり強いよわよわスライムに俺は聞いた。
「あんた今……心の中ですっごいアタシのこと馬鹿にしたでしょ」
「気のせいだろ。木のせいかもしれないが、な?」
切り株をさすってみせると、「やっぱり馬鹿にしたんじゃない!」と怒りだす。ざまあみろ。
「……はあ、アタシってばあんたが寂しがってないかなーって、心配で探してたのに」
「……あっそ。俺の心配とはいいご身分だな」
「嘘。アタシがあんたに会いたくなったの」
「な、はあ? 急にどうしたんだよ」
……調子狂うな。
「別に急じゃないわよ」
「そうなのか」
「そうよ。あんたは知らないでしょうけど、アタシはあんたがいなくなってからもずっと探してたんだから。あんたときたら、一緒に一晩過ごした洞窟にもいなかったし」
「まあ、特に残る理由もないからな」
「あるわよ……アタシ」
「……なんでお前が残る理由になるんだよ」
「アタシ、あんたにまだ名前を呼んでもらってない」
「名前……あったのか?」
「あるわけないじゃない」
「じゃあ無理だろ」
「あんたがつけてよ」
「は? 俺?」
「いい名前を期待してるわ」
「期待って……」
妙な話になってしまった。なんで俺がスライムに名前をつけることに……だがまあ、名前がないと不便なのは確かだ。
こいつは強いスライムになりたがってたから……そうだな――
「――
「絶対いや」
……こいつ、さては理想の高いスライムだな。
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