第3話 名前のないスライム
なんで俺、こんな気まずい気持ちになってんだろう。
湖まで来た道を戻りながら、足元のスライムを見下ろす。と、出来損ないの蛇みたいなスライムが首をもたげた。
「なによ。
「これで普通だよ。文句言うな」
「あんたなんか、アタシが変身できるようになったらすぐに追い越してやるんだから。びよーん」
「はは、だから伸びてないって」
……ほんと、変な奴。
「なあ、あのさ……」
「うん?」
「さっきは悪かった。ごめん」
「なんで謝るの?」
「だーもう……何でもない!」
「ねえねえ、なんでなんで?」
洞窟についてからも、スライムはしつこく色々話しかけてきた。まったく、うるさい奴だ。
「あんた、どうして今回はついてくるなって言わなかったの?」
「言うのも疲れたんだよ」
「ふーん。根性なしなのね」
「誰が根性なしだ」
「ねえもしかして、今ならアタシ、あんたを倒せるんじゃない?」
「やってみ」
「えいッ! えいッ!」
「……悲しいくらい弱いな」
洞窟の壁に背を預けながら、太ももにスライムの頭突きをくらっているこの状況……なんだこれ。
「ふぅ……これくらいにしといてあげるわ」
「何がこのくらいだ」
まだ俺はピンピンしているぞ。
「本気で倒すなら俺の首に巻き付いて締め付けるくらいのことしてみたらどうなんだ?」
「あら、そんなことをしたらあんた死んじゃうじゃない」
「自信過剰にもほどがあるぞ」
「そこまで言うならやってやるわよ」
「よしこい」
スライムがナメクジのように這い上がってくる。なんかぞわっとするな。
「今さら拒否しても遅いんだからね」
「おう、やってみろ」
「えいッ! えいッ! どうだッ! 苦しいでしょッ!」
「……なんか」
「どう?」
「ちょっと……ひんやりする」
「ふふ……効いているようね」
なんか、分かってきた気がする。こいつ、馬鹿みたいに前向きなんだ。
さて……引っぺがすか。
「キャアッ! どこ掴んでんのよ! 変態!」
「逆に俺はどこ掴んだんだ」
こいつ、女っぽいが……女なのか? どっちにしろ、俺にはぶよぶよの鱗のない蛇を掴んでいるような感覚しかないから、どうでもいいが。
「はあ、失礼しちゃうわ」
「そりゃどうも」
地面に下ろすと、スライムが頭突きをくるぶしにかましてきた。こいつ……転んでもただでは起きないスライムだな。
「でも、こういうの楽しいわね」
「……楽しい? そういう感覚があるのか?」
「なによ。スライムが楽しんじゃいけないって言うの」
「なんでそうなるんだよ。まあ、変だとは思うが」
「アタシも変だと思う」
「なんだよそれ」
「だって、アタシは仲間のみんなとはちょっと違うもの」
「…………ちょっと?」
ちょっとどころではないが。
「そう、ちょっとだけ。ちょっとだけみんなよりも伸びしろが大きくて」
「物は言いようだな」
「ちょっとだけ『アタシ』があるの」
「ん……どういう意味だ?」
「みんなが曇り空を見上げた時、『雨が降りそう』って思う。アタシが曇り空を見上げた時、『雨が降りそう……晴れたら虹が見られるかしら』って思う」
「それは――」
――まるで人間だ。いや、人間だってそんなこといちいち考えないか。俺だって……。
「スライムってね、言葉がなくても繋がれるのに、どうしてかしら……アタシの気持ちがあんまり伝わらないのよね。これってとっても不思議よ」
「……俺にはよく分からん感覚だ」
「そうよね。だって、アタシとあんたはちゃんと繋がっているものね」
「……繋がってなんかないが」
「そう? アタシは今までにないくらい繋がってるって感じがする。仲間のみんなともこんな風に繋がれたら、きっと楽しいに違いないわ」
「仲間……か」
こいつは、まだ他のスライムのところに戻ろうとしている。あんなにボロボロにされたのに、だ。
「お前……また仲間とやらのところに行くのか」
「そうね。行くわ」
「……はあ」
「なによ、ため息なんてついちゃって」
……このまま奴らのところに戻っても、こいつの願いは叶わない。諦めとかそういうんじゃなくて……直感だ。
「なあ、お前……強くなりたいって言ってたけど、具体的にどうなりたいんだよ」
「あら? ようやくアタシを強くする気になったのね?」
「いいから、お前はどうなりたいんだよ」
「うーん……そうねえ」
「おう」
「……」
「お前、さてはあんまり考えてなかったな」
「考えてるわよ……そうだ! あんたの光を耐えきったら、アタシは強いってことになるんじゃない?」
「耐えきる……? そんなことできるのか?」
「できなくはないんじゃないの? あんた、光ってるくせにそんなことも分からないの」
「光ってるくせにってなんだよ」
……だが言われてみれば、俺の光を受けて魔物が死ぬわけではないんだよな。物凄い勢いで逃げるだけで。
「なあ、俺の光に当たったらどうなるんだ?」
「どうって、物凄く怖いわ」
「やっぱそうなのか」
「とっても不服よ」
「不服は知らん」
「あと、なんだか力が抜ける感じがするわね。そのままじっとしていたら自分が消えてしまいそうな感じかしら」
「なんか……聞いてみると少し怖いな」
「そうよ。『破ァッ!!!』じゃないのよ」
「破ァッ!!!」
「キャアアアッ!!!」
「なんてな。光ってない」
「あんたサイテーッ!!!」
再びくるぶしに軽い衝撃が走った。やはりこいつの頭突き、弱すぎる。
「そんな調子でどうやって俺の光を耐えるんだか」
「心の準備ってのがいるのよ」
「なら、準備ってのができたら言ってくれ」
「言われなくてもそうするわ」
結局、いつまで経っても心の準備ができたという言葉もなく、時間ばかりが過ぎていった。俺もいちいちそのことを指摘する気はない。
もしかしたら、俺の光を浴びることでこいつが死んでしまうかもしれないしな。
「なに考えてるんだ、俺……」
魔物の心配をする人間が、どこにいるんだよ。いや、こいつは他のとは違うし……例外というか。
「あんた、なに考えてんの?」
「なんでもない」
「ふーん。そういえば、『誰かと一緒にいても傷つくだけ』とか言ってたけど、なんかあったの?」
「なんで急にそんな話になるんだ」
「急に思い出したの」
「くそ……どうでもいいことを覚えてるな」
「どうでもよくなんかないわ。今あんたが考えていたことを話すのとどっちがいい?」
「なんで話す前提なんだよ――」
――本当に調子狂うな。
「俺は……仲間から追放されたんだよ」
「えー、かわいそう」
「お前に言われたくねー」
「それでこんなじめじめして暗い場所に来たってわけね」
「そーだよ。悪いか」
「全然? アタシ好きだもの。じめじめして暗い場所」
「スライムと一緒にするな」
「相変わらず小さいことにこだわるわね」
「言うと思った。それに、お前の方が小さい」
「言うと思ったわ。あんたなんか追い越してやるんだから。びよーん」
「はは、びよんじゃないっての」
あれ、おかしいな。なんで俺、笑ってるんだ。
「でも良かったじゃない。アタシと会えたんだから」
「何がでもだよ。いいわけあるか」
「アタシはあんたに会えてよかったわよ」
「そうかよ」
「治療してもらえたし」
「それが理由かよ」
「あら、他の理由を期待していたの?」
「誰がするか」
「なーんだ。期待してくれてるのかと期待して損しちゃった」
「…………かったよ」
「え? なんて言ったの?」
「さあな。俺はもう寝る」
「ねえねえ? なんて言ったの?」
……言うかよ。
さて……洞窟で寝るのは久しぶりだな。少し硬いが、これくらい何度も経験してきた。問題ない。
「ねえねえねえ、なんて言ったの!」
「……」
「寝るなー!」
「……」
「首、絞めるわよ」
「……どうぞ、ご自由に」
「あんたって名前あるの?」
「……ルクス。ルクス=フェルデス」
「ふーん」
「……」
「おやすみ、ルクス」
「……おやすみ――」
――ああ、そうか。
お前には名前…………ないのか。
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