第2話 口の減らないスライム

「――破ァッ!!!」


破ァと一喝するように光を放つ。俺はなんでこんなボロボロでドロドロのスライムを治しているんだ。


「――ふう、助かったわ。あんた、役に立つじゃない。けどいちいち叫ばないでよ。うるさいわ」

「お前こそうるせえな。スライムが喋ってんじゃねえ」

「スライムが喋ったっていいでしょ。ちっちゃい男ね」

「だーれがちっちゃいだ。お前なんか俺のへそにも届かねえくせに」

「届くわよ、びよーん」

「びよーんじゃねえよ。ほんと、蛇の出来損ないみたいだな」

「出来損ない……? 失礼ね。ぶっ潰すわよ」

「おう、やってみろ」

「えいッ! えいッ!」

「ぜんっぜん……痛くねぇ……」


多少の重さと弾力はあるが、腹にくらってもまるで痛くない。マッサージか?


「ふぅ……今日のところはこれくらいで勘弁してあげるわ」

「お前、さては口が減らないスライムだな」

「あんたほどじゃないわ」

「よく言うよ」





弱いスライムの相手なんてしても時間の無駄無駄。そう思って山道を歩いていたんだが――


「――お前、なんでついてくるんだよ」

「アタシが行く先にあんたがいるだけよ」

「あっそ。じゃあ、俺こっち行くわ」

「……! アタシもそっちだったわ」


……おい。


「やっぱやめた。こっちに行く」

「ちょっと、真似しないでよね」


……おいおい。


「やっぱりついてきてるじゃねえか!」

「あんた、よく自意識過剰って言われない?」

「お前は自信過剰って言われないか……?」

「この減らず口」

「どっちがだよ!?」

「それはこっちのセリフよ。で、どっちに行くの? また道が枝分かれしてるけど」

「そっちのどっちじゃねえよ。ていうか、道なんてあってないようなもんだろ」

「ねえ、こっちにしましょうよ。こっちならアタシの仲間がこの先に逃げたと思うから。いいでしょ?」


こいつ……自由か。自由に形を変えられないくせに。


というか――


「――お前、仲間って言ったか?」

「言ったわよ?」

「仲間って、スライムか?」

「当たり前じゃない」


このスライムが言っている意味が全くわからん。


「仲間のスライムってのは、お前をボロボロになるまで痛めつけた奴らか?」

「あら、なんで知ってるの? そうよ」

「は、はあ? なんで」

「なんでって、他に仲間はいないもの」

「そうじゃなくて……! お前は仲間から追放された……いや、それどころか袋叩きにされたんだぞ!」

「……? まあ、そうね」


……こいつもしょせん魔物か。痛みとかそういう感情は持ち合わせてないんだろう。


「ねえ、そんなことより――」

「……そんなことじゃねえだろ」

「なんでアタシがボロボロになってたって知ってるの?」

「それは……俺があいつらを追い払ったからだ」

「やっぱりそうなんだ。あんたってまあまあ強いのね」

「弱いスライムどもを追い払って強いって言えるほど、俺は間抜けじゃない」

「ねえ、なんであんた怒ってるの?」

「……怒ってねえよ」

「嘘。あんた、アタシを心配してくれたんでしょ? なのにどうして今度は怒るの?」

「は……はあ!? 俺がスライムを心配するわけねーだろ!? 俺は人間だぞ!?」

「人間とかスライムとか、どうでもいいじゃない。アタシはそんなの興味ないわ」

「もういい……お前と話していると頭がおかしくなりそうだ……!」


無視だ無視。こんな気味の悪い奴、放っておこう。


「ねえ、『そんなこと』って言ったのを怒ってるの?」


……うるさい。


「ねえねえ、あんたって名前とかあるの?」


…………うるさい。


「ねえねえねえ、これじゃアタシまであんたみたいに独り言が好きな奴みたいじゃない」

「お前うるさいんだよ!」

「あら、やっと反応したわ。ねえ、名前とか――」

「破ァッ!!!」

「キャアアアアッ!!!」





うっとうしいスライムを追い払ってから、俺は適当な洞窟を見つけて、そこで寝ることにした。別にどこだっていいんだ、雨をしのげれば。


「ん……何の音だ」


洞窟の奥から、何かが近づいてくる。まさかあのスライムじゃねえだろうな。


いや待て、この感じ――


「――もしやバジリスクッ!?」


猛毒と石化の力を持つ蛇の化け物……危険だ。


「先手必勝破ァッ!!!」


洞窟の中が光に満たされると、そいつの姿がはっきり見えた。鶏みたいなトサカしやがって……蛇か鶏かどっちかにしろっての。


「……逃げたか」


洞窟の奥はどこまで続いてるんだろうな。分からないが、しばらくは怖がって襲ってこないだろう。


「……静かだな」


独りは楽でいい。俺の心を乱してくる奴もいないし、俺を追放する嫌な奴らもいないからな。しばらくはエルフ仕込みの狩り生活でのんびり生きていこう。





そう思っていたのに――


「――なにしに来た」

「なんか光が見えたから」

「『ちょっとそこまで』みたいに言ってんじゃねえよ」


このスライム……何を考えてるんだ。いや――


「――そんなことより……お前、またボロボロじゃねえか」

「よく気がついたわね。気になる?」

「別に。興味ないね」

「仲間にやられたの。みんな容赦ってものを知らないんだから」


……興味ないっつってんのに。こいつ、よくも平気そうな顔で……いや、顔はよく分からんが。


「……はあ。それで、俺に何の用なんだ」


また治してくれとでも言いに来たのか? 俺は都合の良い便利屋じゃないぞ。


「アタシ、仲間に認めてもらいたいの。あんたってまあまあ強いみたいだから、強くなる手伝いをしてよ」

「おま……俺の光にびびって逃げたくせに、よくまあまあとか言えたな」

「……そこそこ?」

「ぶっ潰すぞ」


ため息しか出ない。こいつ、どういうメンタルしてるんだ? 魔物ってこういうもんなのか?


「そもそも、なんで俺がお前を強くしないといけないんだよ」

「え? 強くしない理由ないでしょ?」

「だから強くする理由もないんだっての。というかお前、『弱いスライムじゃない』って言ってたじゃねえか」

「弱くはないわ。これから強くなるスライムなの」

「……屁理屈言いやがって」

「はあ、相変わらずちっちゃい男ね」

「だから誰がちっちゃいって――」

「あ、死ぬわ」

「――勝手に死ぬなッ!」





だから、なんで俺がスライムを治さないといけないんだって話だ!


「破ァッ!!!」

「なおる゛~~~~」


崩れかけの蛇みたいなスライムが、出来損ないの蛇みたいなスライムに戻った。それにしても、俺の癒しの力は魔物にも通用するんだな。


「もう二度と俺に会いに来るなよ」

「ねえ、アタシを強くしてよ」

「そんなすぐに強くなれるほど世の中甘くないんだよ。勝手に強くなれ」

「けち」

「……けちだと? ……治療代でも払ってもらおうか」

「……え、払ってもいいの……? どうやって払うの? アタシ、払ってみたいわ! やっぱりお金ってやつがいるのかしら!」

「……は、はあ?」


何言ってんだこいつ!?


「あんたが払えって言ったんだから、払い方を教えてよ」


……このスライム、やっぱり正気じゃない。いや、魔物に正気を求めるのがそもそも間違いなんだが。


「……金はいらん。とにかく、もう俺に関わるな」

「どうして?」

「どうしてって……俺は人間で、お前はスライムだ」

「そんなこと、どうでもいいじゃない」

「どうでもよくねえよ。魔物は人間の敵だ」

「でも、あんた助けてくれたじゃない」

「……それは!」

「お金払えないって分かってたのに、助けてくれたじゃない」


こいつ……無駄に頭は回る! スライムのくせに!


「……く、この! 絡みついてくるな! しつこいんだよ! 俺はもう誰かと関わり合いになる気はないんだ! 誰かと一緒にいたってな、どうせ傷つくだけなんだよ! お前みたいにな!」


はあ……はあ……くそ、なんで俺はこんな奴に熱くなってるんだ。ばかばかしい!


「そう、残念だわ」


……何が残念だ。


「アタシ、もしかしたらスライム以外に仲間ができるかもって思ってたの」


……スライムごときが。


「助けてくれて、ありがとね。嬉しかったわ」


くそ……なんなんだ!


「あんたって、まあまあ優しいから、きっといつか仲間が見つかるわ。アタシも頑張るから」


…………くそ!





スライムが俺の元から離れてからしばらく経った後、俺は近辺を走り回っていた。


「……ああもう!」


自分でも何を考えているのかよく分からん。どうしてあのスライムを追いかけているのか、どうしてこんなにもイライラしてしまうのか。


「あ……!」


いた……湖のほとりにスライムの群れが。


「破ァァァァッ!!!」


無駄に強く光を放つと、スライムたちは次々に湖に飛び込んでいった。


そして、取り残されている奴が一匹――


「――おいッ! お前ッ!」

「あ……うぅ……あんたの光、まぶしいんだけど」

「うるさい! 喋るな!」

「アタシ……は……口の減らないスライム……なんでしょ?」


くそ、ほんとに減らず口だな!


「破ァッ!!!」

「なおる゛~~~~」


…………俺にはこいつがよく分からん。

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