破光の魔王 ~追放された光はやがて魔界の王になる~

杉戸 雪人

第1話 行くか、魔界

思い出すだけで腹が立つ――


『お前の光はもういらない』

『ちょ……待てって!』

『ルクス=フェルデス……お前を追放する』

『うっそだろジューダス!? なあ、ブロータスもなんか言ってくれよ!』

『お前の光はもういらない』

『ブロータス!? お前もかッ!? モルガ!』

『でも私たち、もう十分強くなったのよね……』

『な、はあ!?』


――あいつら……くそ。


「ジューダスの野郎……俺がこれまでパーティを何度も救ってきたこと、分かってるくせに……! ブロータス! お前もだ!」


いったい何があったんだ? 


「モルガ……お前はいつも便乗しなかったのに……!」


俺が何をしたっていうんだ?


「ていうか追放ってなんだよ!」


街の真ん中だろうが知ったことか。叫ばずにはいられん。


「ん?」


通りすがりの猫が目を見開いて俺を見ている……ああ、俺の大声でビビったのか。


「怒鳴ってすまん」

「……ニャア」

「それはともかくとして、俺がどれだけパーティの役に立ってきたのか聞いてくれるか?」

「……ミ゛」

「俺たちは最初、弱小パーティだった――」





――俺が一人で旅していた頃の話だ。ジューダス、ブロータス、モルガの三人と出会ったんだ。あいつら草原のど真ん中で死にかけててさ、そこに駆けつけたのが俺だったんだ。


俺は魔物を払いのける力を持っててさ、魔獣の群れに対して力を使ったんだよ。


『破ァッ!!!』


大抵の魔獣は俺が放つ光から逃げていくから、その時もそれで助けた。


あいつらすっげえ感謝してくれたんだぜ?


ジューダスなんて『救世主だ……!』って言ってくれたし、ブロータスも『オイラもそう思う』って便乗してたし、モルガは『かっこいい……!』ってうっとりした目で俺を見てたんだ。


馬鹿な俺は嬉しくなっちゃってさ、あいつらとパーティを組んだんだ。それが間違いだった。


人と関わったって、悲しい思いしかしないって……分かってたはずなのにな。


まあともかく、強くなるには魔獣を自分の手で殺してその血を浴びる必要があるのは知ってるだろ? いや猫は知らないか。そういうもんなんだ。


だから、駆け出しの冒険者は最初が重要らしくてな。ためらいなく魔獣を殺せるか、魔獣にビビらずに戦えるか……自信が必要って話さ。


だから、俺は三人のサポート役になることに決めたんだ。


俺が放つ破魔の光は距離の調節が効くから、あいつらが死にそうなときは、


『破ァッ!!!』


といくわけよ。その瞬間に魔物は逃げようとするから、背後からグサッと剣で刺すなり、魔法でバーンとやりゃいいんだ――


「ニャ……」

「分かるぜ。卑劣って言いたいんだろ。けどな、人間は卑劣なんだ」


――とまあ、そうしていくうちに、あいつらはどんどん強くなっていった。素質はあったんだな。冒険者ギルドでも指折りのパーティーになっていったんだ。


『ルクス、お前のおかげでパーティーが強くなれたよ!』

『よせよジューダス……俺たち、仲間だろ?』

『ルクス、お前のおかげだ』

『ブロータス、お前は便乗ばっかだな。けどありがとよ』

『ルクスがいれば私たち、ギルドで一番のパーティになれるわね』

『ギルドで一番なんて小さいこと言うなってモルガ。俺たちは世界で一番のパーティを目指そうぜ』


そう……俺たちは仲間だった。仲間だった、はずなんだ。


だけど、いつからだろう……あいつらが俺よりも強くなったと自覚するようになったからなのか、その態度が変わり始めた。


『ルクス、お前ってさ……破ァッ!!! ってやつしかできないのか?』

『どうしたんだよジューダス……普通に剣も弓も使ってるだろ?』

『破ァッ!!! ってやつしかできないのか?』

『ブロータス、もうさっき答えたって』

『できないのね』

『いや、十分強いよ? モルガ?』


あいつらは、いつしか俺が知ってる人間の顔をするようになった。なんでなんだろうな、人間は強くなると優しくなくなるんだ――





「――結局、あいつらも同じだったんだ……俺が今まで出会ってきた人間たちと」

「……ニャア」

「分かってくれるか? この悲しみを」

「……ニャア」

「分かってくれるお前に、この干し肉をやる」

「ニャッ!」

「はは、いっぱい食べろよ」

「ニャムニャム」


ん? 視線を感じる……。


「ママー、あのおにいちゃんニャアニャアとしゃべってるー!」

「見ちゃだめ……!」


なんだ、人を不審者みたいに。失礼な母親め。


「母親……か――」


『あなたの光で、世界を照らしなさい』


――そんなことを昔、言われたっけな。


「世界を照らす……俺が……?」


母さんは俺の光のことを言っていたのか? どっちにしろ、そんな英雄じみたこと、俺にはできないって話だ。


「ママ―、セカイをテラスってなにー!」

「そういう時期なのッ! この子ったら無駄に踏ん張りが強いんだからッ!」


そういう時期ってなんだ。説明願ってやろうか。


やけに足腰の強い娘を引っ張ろうとしている母親に目線をやってから、猫の方に戻す。


「ん……猫?」


さっきまで美味しそうに肉を噛んでいた猫が跡形もなく消えていた。


「……肉さえ食えれば用済みってわけだ。ちくしょう、人間も猫も同じかよ」


もう、いい。俺は誰にも期待しない。誰にも頼らない。誰も好きにならないし、誰も助けない。


「誰もいない……どこか遠くに消えよう」


誰も俺を傷つけない、そういう場所に。


「そうだ、あそこなら――」


魔物はたくさんいるが、俺の光でどうとでもなる。名案だな。


「――行くか、魔界」


こうして俺は、孤独な世界を求めて魔界へと向かった。だが、この時の俺はまだ知らなかったんだ。この選択が俺の運命を光のように加速させるなんて。





魔界は案外悪くない。草原、山、森、湖……とにかく、通りすがりに見る景色の数々は魔界という響きからは考えられないくらい普通だった。むしろ観光地にしてもいいくらいにはきれいな場所もある。


そして今、俺はどこぞの森の中を歩いていた。


それはともかく――


「――破ァッ!!!」


魔界の魔物もたかが知れているな。俺の光から逃げる逃げる。


ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン。


「破ァッ!!!」


ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン。


「破ァッ!!!」


ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン、ドラゴン。


「破ァッ!!!」





……ドラゴン多いよな? 多くない? なんか、飛んでるやつもたくさん魔界の外に向かってるが……まあ、どうでもいいか。


「ほんと、あいつらもったいないことをしたよな」


ジューダス、ブロータス、モルガ……後悔しても遅いからな。


「後悔しても遅いからなああああぁぁぁぁッ!!!!」


魔界の中心であいを叫ぶ。誰をあわれんでいるかって? あいつらだよ。俺は強いんだぞ。


「俺は強いんだぞおォォァァァッ!!!!」


叫ばないでやってられるか。くそがよ。


「ん……スライムの群れ?」


なんか、いっぱいいるな。スライムの群れくらいどうにでもなるが、妙だな。何かを攻撃しているような……。


「ひとまず破ァッ!!!」


出来損ないの蛇みたいにニョロニョロした半透明どもが、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。が、一匹だけ逃げないやつがいた。


「な、なに……!? 俺の光が効かないスライム!?」


そんなのいるわけ……! くそ、どうする……戦うか、回り道をするか。だが、得体の知れないスライムだ……俺の【破光はこう】が効かないやつを相手に逃げたとして、その後の安全は確保されるのか?


「いや、今やらないと俺が死ぬッ!」


やつの力は未知数。今逃げたとして、後をつけられて闇討ちされるかもしれない。


あのスライムが【変貌へんぼう】を使えるとしたら、その辺の石や木や水に紛れて、俺を待ち伏せすることもあるかもしれない……!


「絶対に……ぜーったいに! ここで仕留めるッ!!」


久しぶりに剣を抜き、スライムに向かって駆け出す。


「破ァァァァァァァァッ!!!」


――【破光剣はこうけん】は光を剣に集中させることで灼熱を纏わせる。魔物相手に使ったことはないが、未知のスライムを相手にするなら仕方ない。


生き物には当然弱点があるが、【変貌】が使えるスライムの弱点は狙いにくい……らしい。よく分からんが、丸ごと溶かせばそれでいいんだろう?


剣を振りかぶり――


「なにぃッ!?」


――切りかかる寸前で踏ん張る。なんだこれは……話が違う。


「ボロボロじゃないか……!?」


どういうことだ? あの出来損ないの蛇みたいなスライムの群れは、このスライム一匹を攻撃していたのか? 何のために?


「そういうことかよ……人間も魔物も一緒ってことか」


ようするに、こいつはいじめられてたんだ。他のスライムたちに。ということはさ、俺が来なかったらこいつ、ずっと他のスライムの体当たりをくらってたってことか?


「あーあ、くだらねー。どこの世界も、弱い奴は追いやられるってことか」


嫌なものを見た。最悪の気分だ。こういう思いをしたくないからここに来たってのに。


「弱って逃げられなかっただけか……必死になって損した」


ため息をその場に残して、ボロボロのスライムを通り過ぎる――


「ちょっとあんた……待ちなさいよ」


――と、通り過ぎた背後から声が聞こえた。いつの間に背後を?


振り返るとそこには誰もいなく、ボロボロのスライムだけが地面にある。


「あっ……あぅ……アタシ……弱いスライムじゃないわ……」


な、スライムが喋った……だと? それも驚いたが――


「――どう見ても弱いんだが」

「うるさいわね……黙りなさい……」

「……強いなら、黙らせてみろ」

「う……この人でなし……」

「な、なんだとぉ!」


なんで魔界に来てまでスライムに人でなし呼ばわりされないといけないんだ。


「あ……死ぬわ、アタシ」

「おい! 死ぬな! まだ俺の文句は終わってないぞ! おい! おいぃ! 死ぬなあぁぁ――」

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