第6話 熾天の勇者
◇
ルクスとスレアラインが魔界の中心で絆を深めていたその頃、魔界を取り囲む六大王国は大きな異変への対応を迫られていた。
魔界領域と各国の領土の境目付近で、突発的に大量の魔物――危険度が高い――が出現し始めたのだ。各国……ひいては魔界近郊の都市の人々を大いに震えあがらせた。
王国騎士団や都市の冒険者が前線に出向いても、圧倒的に人手が足りない状況……猫の手も借りたいとはこのことである。
「くそ、ルクスがいれば……!」
そして、ルクスがかつて所属していたジューダス率いるA級冒険者パーティも、その異変の余波に苦しんでいた。
「ジューダス! あなたが追い出そうって言い始めたんじゃない!」
「そうだそうだ!」
「うるさいぞモルガ! 君だって賛成していただろう!」
「そうだそうだ!」
「「黙れブロータスッ!」」
A級冒険者――曲がりなりにも人間の上澄みである彼らの力をもってしても、数十にも及ぶドラゴンを相手に立ち回るのは困難を極める。
そんなジューダスたちを見ていた他の冒険者が口々に声を上げ始めた。
〈おい! ルクス=フェルデスはどうした!?〉
〈あいつがいればなんとかなるんじゃねーのか!〉
〈他を守ってんのか!?〉
さすがにA級冒険者パーティーの一員ともなると、その力が多少なりとも知れ渡る。ルクスの【破光】の噂も当然あった。
「ルクスは逃げた! もういない!」
ジューダスは適当なことを言って、言い逃れをする。
しかし、その言葉を信じない者がいた。
「あのルクス=フェルデスが逃げた……?」
彼……あるいは彼女は、顔を覆ったマスク越しに呟くと、混沌を極める竜の大群に向かって駆け出す。
大地を蹴って天高く飛び上がると、その姿を見た多くの戦士たちが口々に叫んだ。
〈勇者だ! 勇者アシェルだ!〉
勇者……それはA級を超えた冒険者に与えられる称号。そして今この場に飛び出してきた勇者アシェルは、炎と共に天から舞い降りる姿から【
ドラゴンの多くはそもそも火に強く、魔法耐性も他の魔物の比ではない。だが、アシェルの火はそれを凌駕する。
強靭な鱗の鎧を貪るように、紅蓮の炎が竜の群れにまとわりついた。
グオオオォォォッ!!!
燃え盛る炎、痛みに咆哮する竜の群れを前に、腰を抜かすジューダスたち。
「た、助かった……」
そんな彼らに、勇者アシェルは燃えるような瞳を向ける。
「君たちは、ルクス=フェルデスのパーティの一員だったね。彼は本当はどこに行ったんだい」
「勇者アシェル!?」
「すまない、急いでいるんだ」
「あいつは……逃げたんだよ」
「……どこに逃げたんだい」
「さあ、元々独りで生きてきた奴だったからな」
「君たちには何も見えていないようだ」
首をかしげるジューダス一行を置いて勇者が去ろうとすると、モルガが呼び止める。
「ねえアシェル! あなたまだ
モルガは艶っぽい声でアシェルを誘うが、アシェルは振り返らなかった。
「彼のいないパーティに、興味はない」
◇
魔界の中心のぼろ小屋でくしゃみをする男と、それを切り株のテーブルの上で受け止める出来損ないの蛇めいたスライムがいた。
「ぶえっくしッ!」
「やめてよ、アタシの身体にあんたの唾が混ざったらどうすんの」
「風邪でも引いたか……?」
「無視すんじゃないわよ」
「別に寒くはないしな」
「えいッ! えいッ!」
「ちょおまっ! 頭突きすんな! 汚いだろ!」
「あんたの唾よ。味わいなさい」
「な、おいやめろ!」
なんだろうな……自称『世界で一番強い女になる』スライムとの共同生活にも慣れてしまった。
適当に獣を狩って、適当に飯を喰って、スレアと喧嘩をする。そんな日々を楽しんでいる自分がいるのが不思議だった。
「ねえねえ」
「なんだよ」
「あんたってさ、何かしたいことないの?」
「ないな。強いて言えば、ゆっくり静かに暮らすことかな」
「あんた、変わったわね」
「なんだよ、変わったって」
「あんた言ってたじゃない。『後悔しても遅いからな』とか、『俺は強いんだぞ』とか」
「……ちっ、聞いてたのか」
「あんたは強くなりたいんじゃないの?」
「俺は別に……強くなんてなりたいわけじゃ――」
俺って、何がしたかったんだろうな。ただ生きて、生きて……独りになることを決めた。それで今、魔物と……スレアラインと一緒にいる。俺はいったい何をしたいんだ?
『あなたの光で、世界を照らしなさい』
……母さん。よく分からないって。
俺は木皿にたっぷりと入ったシチューをスプーンですくいながら、母親の言葉を思い返す。だが、一向にその言葉の意味は分かりそうもない。
「アタシ、分かったわ」
「何を」
「あんた、満足しちゃったんだ」
「何に」
「アタシとの生活に」
「ぶふぅーッ!」
思わず口の中身が出てくる。
「やだ! シチューが混ざったらどうすんの! シチュー・スライムになっちゃうじゃない!」
「げほっ! げほっ!」
「……ルクス、大丈夫? よしよし」
「うっ……げほっ! よしよしじゃねえ……」
くそ、シチュー・スライムってなんだよ!
「図星だったってわけね」
「ばか……あまりに突拍子もなくて驚いたんだよ」
「なーんだ。つまんないの」
「……誰がお前との生活に満足するか」
「スレア」
「……はあ、スレア……お前なあ」
「実際のとこどうなの? 満足してるの?」
「満足というか……俺は、特にしたいことなんてないから」
「そっか。じゃあ、アタシが一緒にあんたのしたいこと、探してあげる」
「なんでスレアが俺のしたいことを探すんだよ」
「アタシがそうしたいの。その代わり、あんたはアタシを強くなるのを手伝ってちょうだい。したいことが見つからないんなら、別にいいでしょ?」
「いやまあ……うーん」
「はい決定。そうと決まれば特訓よ」
「おい勝手に話を進めるなって」
特訓っつってもなあ……。
皿に残ったシチューをかき集めて一つにすると、俺は最後の一口を飲み込んだ。
破光の魔王 ~追放された光はやがて魔界の王になる~ 杉戸 雪人 @yukisugitahito
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