第6話 熾天の勇者


ルクスとスレアラインが魔界の中心で絆を深めていたその頃、魔界を取り囲む六大王国は大きな異変への対応を迫られていた。


魔界領域と各国の領土の境目付近で、突発的に大量の魔物――危険度が高い――が出現し始めたのだ。各国……ひいては魔界近郊の都市の人々を大いに震えあがらせた。


王国騎士団や都市の冒険者が前線に出向いても、圧倒的に人手が足りない状況……猫の手も借りたいとはこのことである。





「くそ、ルクスがいれば……!」


そして、ルクスがかつて所属していたジューダス率いるA級冒険者パーティも、その異変の余波に苦しんでいた。


「ジューダス! あなたが追い出そうって言い始めたんじゃない!」

「そうだそうだ!」

「うるさいぞモルガ! 君だって賛成していただろう!」

「そうだそうだ!」

「「黙れブロータスッ!」」


A級冒険者――曲がりなりにも人間の上澄みである彼らの力をもってしても、数十にも及ぶドラゴンを相手に立ち回るのは困難を極める。


そんなジューダスたちを見ていた他の冒険者が口々に声を上げ始めた。


〈おい! ルクス=フェルデスはどうした!?〉

〈あいつがいればなんとかなるんじゃねーのか!〉

〈他を守ってんのか!?〉


さすがにA級冒険者パーティーの一員ともなると、その力が多少なりとも知れ渡る。ルクスの【破光】の噂も当然あった。


「ルクスは逃げた! もういない!」


ジューダスは適当なことを言って、言い逃れをする。





しかし、その言葉を信じない者がいた。


「あのルクス=フェルデスが逃げた……?」


彼……あるいは彼女は、顔を覆ったマスク越しに呟くと、混沌を極める竜の大群に向かって駆け出す。


大地を蹴って天高く飛び上がると、その姿を見た多くの戦士たちが口々に叫んだ。


〈勇者だ! 勇者アシェルだ!〉


勇者……それはA級を超えた冒険者に与えられる称号。そして今この場に飛び出してきた勇者アシェルは、炎と共に天から舞い降りる姿から【熾天してん】と呼ばれていた。


ドラゴンの多くはそもそも火に強く、魔法耐性も他の魔物の比ではない。だが、アシェルの火はそれを凌駕する。


強靭な鱗の鎧を貪るように、紅蓮の炎が竜の群れにまとわりついた。



グオオオォォォッ!!!



燃え盛る炎、痛みに咆哮する竜の群れを前に、腰を抜かすジューダスたち。


「た、助かった……」


そんな彼らに、勇者アシェルは燃えるような瞳を向ける。


「君たちは、ルクス=フェルデスのパーティの一員だったね。彼は本当はどこに行ったんだい」

「勇者アシェル!?」

「すまない、急いでいるんだ」

「あいつは……逃げたんだよ」

「……どこに逃げたんだい」

「さあ、元々独りで生きてきた奴だったからな」

「君たちには何も見えていないようだ」


首をかしげるジューダス一行を置いて勇者が去ろうとすると、モルガが呼び止める。


「ねえアシェル! あなたまだ単独ソロでやってるんでしょ? だったら私たちと組まない?」


モルガは艶っぽい声でアシェルを誘うが、アシェルは振り返らなかった。


「彼のいないパーティに、興味はない」






魔界の中心のぼろ小屋でくしゃみをする男と、それを切り株のテーブルの上で受け止める出来損ないの蛇めいたスライムがいた。


「ぶえっくしッ!」

「やめてよ、アタシの身体にあんたの唾が混ざったらどうすんの」

「風邪でも引いたか……?」

「無視すんじゃないわよ」

「別に寒くはないしな」

「えいッ! えいッ!」

「ちょおまっ! 頭突きすんな! 汚いだろ!」

「あんたの唾よ。味わいなさい」

「な、おいやめろ!」


なんだろうな……自称『世界で一番強い女になる』スライムとの共同生活にも慣れてしまった。


適当に獣を狩って、適当に飯を喰って、スレアと喧嘩をする。そんな日々を楽しんでいる自分がいるのが不思議だった。


「ねえねえ」

「なんだよ」

「あんたってさ、何かしたいことないの?」

「ないな。強いて言えば、ゆっくり静かに暮らすことかな」

「あんた、変わったわね」

「なんだよ、変わったって」

「あんた言ってたじゃない。『後悔しても遅いからな』とか、『俺は強いんだぞ』とか」

「……ちっ、聞いてたのか」

「あんたは強くなりたいんじゃないの?」

「俺は別に……強くなんてなりたいわけじゃ――」


俺って、何がしたかったんだろうな。ただ生きて、生きて……独りになることを決めた。それで今、魔物と……スレアラインと一緒にいる。俺はいったい何をしたいんだ?


『あなたの光で、世界を照らしなさい』


……母さん。よく分からないって。


俺は木皿にたっぷりと入ったシチューをスプーンですくいながら、母親の言葉を思い返す。だが、一向にその言葉の意味は分かりそうもない。


「アタシ、分かったわ」

「何を」

「あんた、満足しちゃったんだ」

「何に」

「アタシとの生活に」

「ぶふぅーッ!」


思わず口の中身が出てくる。


「やだ! シチューが混ざったらどうすんの! シチュー・スライムになっちゃうじゃない!」

「げほっ! げほっ!」

「……ルクス、大丈夫? よしよし」

「うっ……げほっ! よしよしじゃねえ……」


くそ、シチュー・スライムってなんだよ!


「図星だったってわけね」

「ばか……あまりに突拍子もなくて驚いたんだよ」

「なーんだ。つまんないの」

「……誰がお前との生活に満足するか」

「スレア」

「……はあ、スレア……お前なあ」

「実際のとこどうなの? 満足してるの?」

「満足というか……俺は、特にしたいことなんてないから」

「そっか。じゃあ、アタシが一緒にあんたのしたいこと、探してあげる」

「なんでスレアが俺のしたいことを探すんだよ」

「アタシがそうしたいの。その代わり、あんたはアタシを強くなるのを手伝ってちょうだい。したいことが見つからないんなら、別にいいでしょ?」

「いやまあ……うーん」

「はい決定。そうと決まれば特訓よ」

「おい勝手に話を進めるなって」


特訓っつってもなあ……。


皿に残ったシチューをかき集めて一つにすると、俺は最後の一口を飲み込んだ。

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破光の魔王 ~追放された光はやがて魔界の王になる~ 杉戸 雪人 @yukisugitahito

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