第38話


 ……俺はなんて酷いことを考えるように言ってしまったのだろうか。佐伯は発言はともかく、基本的に純粋な心を持っているようで、そもそもこういうことを考えてもらうのは向かないな……。

 彼女にお願いしたのがそもそもの間違いだったな。たぶん、そういうわけで俺はこの話題を次の人に振ろうと考えた。


「……というわけで、そんな感じで七瀬はどうだ?」

「大切な人がいなくなる、か。……私も少しの間とはいえ、経験したからな」

「……そうなのか?」

「ああ。だけど、こうして修二とは再会ができたからな」


 俺かい。


「……そうか。じゃあ、もしもそのまま会えなかったら……どうなってたんだ?」

「心が死んでいたと思う。毎日の食事が喉を通らず、夜もゆっくりとは眠れないだろう。……正直言って、あまり考えたくはない状況だ」

「……そこから立ち直るにはどうすればいいと思う?」

「時間が解決するのではないか? 私も、そこまでの経験はないからなんとも言えないが……まさか、修二がまたいなくなるようなことはな、ないよな?」

「いや、そういうわけじゃなくてな……」


 七瀬の目のハイライトが少し消えた気がする。気のせいだと思いたいものだ。

 ……時間、か。

 レティシアたちも、時間が経てば落ち着いてくれるのだろうか?


 そんなことをぼんやりと考えつつ、俺は榊にも視線を向ける。


「……榊はどう思うんだ?」

「オレは……悲しむとは思う。ただ、受け入れて、前に進むしかない」

「だよな。俺も同じくらいの感覚だな」


 ……たぶん、俺と榊が一般よりではないだろうか?

 もちろん、ショックはあるかもしれないが、やがて前に進んでいくものだと。

 ……時間が解決してくれるのだろうか? 俺が心配になりすぎているのだろうか?


「私としては……もしかしたら受け入れきれないかもしれませんね」


 ぽつりとそう言ったのは柚香だ。

 榊の発言を受け、それに対しての意見という感じのようだ。


「そうか?」

「はい。ですので、とにかくその人を失わないように徹底したいですね。私はまずその人が危険な状況にならないように徹底的に周囲を管理しますね。そして、どこにもいかないようにきちんと見張っておきます」

「……それは監禁というか軟禁?」

「気をつけてくださいね、修二」


 あれ? もしも俺が柚香の前からいなくなったら、今度はこっちに追われることになるのだろうか?

 い、いやまあ柚香の場合は本気で嫌がればまあ、離れることはできそうだけどな。

 ちょっとばかり背筋に冷たいものが走ったが、まあ気にしないでおいた。


「それにしても、そんなことを聞いてくるなんて何かあったのか?」


 七瀬が俺を真っ直ぐに見て、静かに問いかけてきた。

 ……それはあまり聞かれたくないないようでもあった。


「……そういう状況を、最近ちょっと考えることがあってな。まあ、そういう機会があったらどうなるんだろうってちょっと思っただけだ」


 俺は言葉を選びながら話す。異世界のことやリアンナたちの話は、ここではできない。


 そんなこんなで、俺はうまく濁しつつ、改めてレティシアたちへの対策を考えていった。




 放課後。柚香とともに車の迎えがあるところまで歩いていく。時間的に言えば、十五分程度。

 また、殺し屋がやってくるかもと思ったが、特に仕掛けてくる様子はない。

 そんなことを考えていると、柚香がこちらを覗き込んできた。


「部室での質問なんだけどね」

「……え?」

「ほら、大切な人がいなくなるとかーっていう話」


 柚香がちらとこちらをみてきた。

 ……ああ、その話題か。あのあとはなんだかんだ流れていって、佐伯のお嬢様論が始まったのでちょっと忘れていた。


「そのことか」

「うん。何かあったのかな?」

「……いや、まあ……ちょっとな」

「話してみてよ。私がお悩み相談してあげるよ」

「……いや、それは――」


 正直言って、内容が話しにくいからな。

 俺が断ろうとしていると、ずいっと柚香が胸を張る。


「私、ご主人様だよ?」

「急に圧かけてくるな……」

「だって、今日一日みてて凄い悩んでいる様子だったんだもん。気になっちゃうんだよね」


 ……マジか。表情には出さないようにしていたつもりだったが、実際滅茶苦茶悩んでたからな。

 だってレティシアとフェリスのあんな様子を見せられたらな。

 フェリスはまだ何とかなりそうだったが、レティシアに関しては本気で病んでしまっていた。

 これで彼女に何かあったらと思うとな……。今日中に、レティシアと話をする時間を作る必要があった。

 柚香が動く様子がなかったので、俺は仕方なく彼女にゆっくりと話した。


「まあ……その、なんだ? ちょっとまあ、知り合いみたいな立場の人がいてな」

「うん」

「その人と俺がかなり仲良くて……まあ、とある事情で会えなくなったんだ。それも、たぶん一生な」

「……うーん?」


 だろうな。柚香が少し首を傾げているのは、別に会おうと思えばいつでも会えるよね? という感覚なのだろう。

 仮に、死に別れたとしたら……そもそも、俺がそう言ったことで悩む必要はないんだし。

 少し、悩んだ。柚香にどこまでの事情を伝えるべきかを。


 ……異世界から戻ってきたこと。

 それを伝えれば、もっと彼女に相談できることも増えるが……どうなんだろうか?

 異世界から戻ってきました、とか言われた相手ってどのように感じるだろうか?

 まず、頭の心配をするよな? そのあとで、異世界から戻ってきたことを証明できたとしたら……どうなるか。

 驚くだろうか? 嫌がるだろうか?


 柚香たちと仲良くなって、わりとこの生活を楽しみ始めている自分がいて、それを拒絶されると考えるとちょっと凹む。

 ……柚香は、大丈夫か? でも、たとえば柚香の家族はどうなるだろうか? 色々と余計に心配するのではないだろうか? ただでさえ、変な親衛隊を結成しているわけだしな。

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